196話:功を奏しました
イーサンたち騎士の操る馬に乗ってテーセの外壁の上を走る。
落ちれば無事では済まないし、馬が混乱するようなことになればどうしようもない危険な道。
その上ここを走る技術が私にはない。
それをやってのけてるイーサンたちの技術はすごいんだろうけど、私は乗せられた荷物らしく縮こまっているしかなかった。
それでもやることのために今は耳を澄ましている。
「今だ!」
イーサンの合図に、私は道が直線に入ったところで上体を起こす。
風と高さにバランスを崩しそうだ。
馬の揺れで杖を構えることさえままならない。
「的は大きい! 最悪人間に当たっても平気だろ。力み過ぎないほうがいい」
オリガさんも同じ状況だろうに、私の緊張を察して声をかけてくれた。
一度深呼吸をして、ともかく教会の三人の助けになるべく杖を向ける。
「はい! 行きます」
スライムの巨大変異種の金色目がけて魔法を放った。
「《姿千変、質万化。故に混沌。故に儚く。腐乱の汚濁、溶け出す驟雨。混濁の不快は骨身に染み入り汝を狂わす》! 粘液生物融解!」
狙いはブレブレだけど的が大きく魔法は掠める。
詠唱部分だけを大急ぎで作った魔法だ。
それに今、呪文として完成させた形になったので攻撃力は強くなっているはず。
銀色に光る毒矢の形をした魔法を、オリガさんが馬上でじっと見つめていた。
「うん、効いてはいる。けどやっぱり相手の質量に対して魔法一撃だけじゃ小さいね」
魔法が当たった場所は確かにどろりと形を崩したのに、巨大変異種は動きを止めない。
表面が溶けた程度ではただのスライムさえ動きは止めないのと一緒だ。
ガツンと潰すことができないなら、止まるまで削るしかない。
「つまりもっと大きな魔法当てるの? じゃあ、魔法を練るために止まったほうがいいんじゃない?」
「いや、相手は動いているのだ。先に進んで待つほうがいいだろう」
アルヴィンの意見にサンドロさんは、馬が巨大変異種より早い優位をいかそうと考えた。
先に進んで待ち構えて、強力な魔法を私に用意させる時間を作ろうと言うんだ。
ただちょっと待ってほしい。
「倒すのが目的じゃないんです。少しでも削るなり、三人が逃げる隙を作るなりしないと」
「この先の教会が壁を向いてるのは知ってるだろ。そこに今、職人たちが力技で穴をあけてるはずだ」
「何故そんなことを?」
オリガさんの言葉にイーサンは全く意図がわからないようだ。
「もちろんこのスライムを誘き出すためさ。少し小さめにしても、穴の向こうに獲物の気配があれば潜り込む。それがスライムの習性だ。そうして進路を限定して集中攻撃をするんだよ」
「けどそれって、先を走ってる教会の子たちどうするの?」
アルヴィンも囮になったトビアスたちを心配しているようだ。
「人間の大きさなら穴は通れるはずだ。けどそれまで逃げきれるかどうかが問題だね」
オリガさんの答えを聞きつつ、私はできる限り魔法を放ち続けていた。
「次は曲がる。振り落とされないよう掴まれ」
先頭を行くサンドロさんが警告をする。
私は杖を降ろして馬に伏せた。
「人数が多い分、こちらに引き付けられはしないのかい?」
イーサンは馬を操りつつ喋れるようだ。
「スライムってあまり頭良くないはずだろ? 目の前より数が多いとかわかるか?」
アルヴィンも難しい馬術を駆使してるはずなのに応じる。
喋れない私はさっきの魔法の当たり具合を考えるしかない。
オリガさんが言うとおり効いてたけど、当たった箇所だけに効果があった。
魔法で矢のように放って揺れと飛距離を修正する魔法を上がけすることはできるけど、それじゃ駄目だ。
もっとスライムを踏み潰すような形で、広範囲に衝撃を与えないと。
「次の直線が近い。まだ魔法を試すか? 次は並ぶくらいになるが魔力はどうだ?」
サンドロさんに私が頷くと、イーサンが代わりに伝えてくれる。
そして合図を受けてまた私は上体を起こした。
「…………おっきい」
並んでみたスライムの巨大変異種は、近くで見る分大きく感じる。
これで前より小さいらしいけど十分大きな魔物だった。
外壁の下とはいえすぐ近くにスライムが見える。
こっちは外壁の上で馬上という普段以上に高い場所にいるのに。
「お、三人とも無事だね。おーい!」
オリガさんが手を振ると、さすがに馬の足音で向こうも気づいてたようだ。
すぐに反応はしたけど、手を振り返すのでやっと。
全力疾走でようやく追いつかれずに済んでいるんだ。
このままじゃいずれ体力が尽きる。
「足元を狙えるかい?」
「やってみる!」
馬をギリギリまで外壁の端に寄せたイーサンに言われて、私は三叉の杖を下に向ける。
「粘液生物融解!」
イーサンの協力もあって、狙いどおり巨大変異種の進む先に魔法が当たって金色が削れた。
ただしすぐに水が流れるように削れた分が体の内部に埋まる。
「おや、内部に歪みが生じた。どうやら魔法の融解した部分がそのままくっつかないようだ。あれなら数を撃てば全体が少しずつ脆くなるよ!」
オリガさんは小さな攻撃でも数をこなせば効くことを発見して声を上げる。
私はさらに魔法を放って巨大変異種を弱めようとしたけど、もうワンダが限界だった。
「あ!?」
足がもつれて転ぶと、すぐさまダニエルがワンダを引き起こして走り出す。
トビアスも遅れてワンダを支えるけど、遅かった。
「呑まれた!?」
アルヴィンの言葉に私は声も出ない。
「捕まるとどうなる!?」
サンドロさんの鋭い問いに、オリガさんが答える。
「あれは生殖機能のスライムだ。スライムの元を植え付けられるはずで、場合によっては無理矢理の行為で死ぬけど、ちょっと待って」
オリガさんは目を逸らさずよく見てる。
私も恐怖を押さえて魔眼で見た。
すると三人の反応が巨大変異種の中に見える。
そしてどうも巨大変異種には変化なしだ。
「…………あれ? 生殖行動してないですよ!」
「だね。だいたいが捕まえるって聞いてたのが何故かそのまま敷き込んだし。あと前進も止まらない」
オリガさんが言うとおり私たちの馬は進む巨大変異種と並走していた。
そして金色の中の三人の反応は地面に伏したまま。
「一度止まろう」
救助も見越したサンドロさんの意見で止まる。
巨大変異種は私たちにも敷き込んだ三人にも反応せず歩きすぎた。
そして倒れ込んだ三人が取り残される。
ワンダを挟んでかかえこむようなトビアスとダニエルが倒れていた。
「ぷはぁ! 死ぬかと思った!」
「トビアス!」
私が馬上から声をかけると三人とも体を起こす。
オリガさんは心配と興味が五分五分な表情で声をかけた。
「どうしたんだい君ら?」
「エイダさんの洗濯槽の水を被って走ってたんです」
「俺はまだ走れるけど、馬があるなら頼む!」
ワンダに続いてダニエルが行く先を指した。
そこには前進しながらも何かを捜すらしく進みの遅くなった巨大変異種がいる。
三人が助かったのは、触れると溶けるからだったようだ。
そんな相手を生殖対象としては見ないんだろう。
人間が触れても皮膚が赤くなるような水を被って平気だったのは、三人が回復魔法を使えるから。
無茶な対処だけど、どうやら大急ぎで教会に洗濯槽を作ったのが功を奏したらしい。
「巨体だから急には止まれないってところかな。あれは動物でも魔物でも関係なしだから森に逸れる可能性があるよ」
オリガさんがいうとおり、巨大変異種の動きが森のほうに引き寄せられている。
「三人とも乱暴だけどごめん!」
私は三叉の杖で三人に向けて水を降らせた。
毒がついたままだと赤く腫れるから早く流したほうがいいんだよ。
「あとは任せて!」
私がそう請け負うと、騎士たちはすぐさま馬を走らせてくれたのだった。
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