195話:無茶をします
「お、研究家先生もいるじゃねぇか。ちょいと小さくてな。見てわかる限りをレポートしてほしい」
私とイーサンを見つけたヴィクターさんは、下に降りてオリガさんにそう持ち掛けた。
「すごい騒ぎの上、教会だなんだと声がしたけれど。もしや東のほうに転がり落ちたかい? 大きくても流動体だから一度落ちたら勢いがついてそのまま遠ざかると思うけど」
オリガさんは見てないのに予測を立てていたようだ。
「おう、その上教会の(仮)の三人が、教会側に誘引するために砦出て行きやがった」
「え、あの助祭だとか修道院院長だとかの?」
教会で会ったことがあるアルヴィンも、名前を出さずに誰のことだかわかった。
今も周囲は入り込んだスライム対策に当たっている。
それとは別に集まった冒険者を編成して壁の外へ救援に向かう隊を組織もしていた。
「なんて無謀なことを」
サンドロさんが顔を顰めると、ヴィクターさんは部下の動きに目を走らせながら応じる。
「無謀でも無意味じゃねぇ。教会にも人を待機させてある。いつドラゴンが出て来るかわからねぇんだ。今度も東の森行って消えてくれるとも限らねぇ。だったら教会のほうに真っ直ぐ向かわせるのが一番確実なんだよ」
「スライムの巨大変異種は生き物を狙うからね。確かに三人固まっていれば誘われてくれるだろう」
オリガさんは教会の三人がすぐさま走ったことを評価した。
前例よりも小さいとは言え、ダンジョンの入り口よりも大きな出入り口は街の中にしかない砦。
一度外に出てしまえば、砦に引き戻すことは不可能だ。
また教会の三人は衛兵よりも身軽で、誘って逃げるだけなら怪我の可能性は少ない。
けど危険は変わりなかった。
「追いつかれたらどうするつもりで行ったとかわかりますか?」
不安から問う私にヴィクターさんは目を向ける。
「あいつらが特定の相手以外には攻撃からきしなの知ってるだろ? ここにも怪我人のために来てもらってたんだ。敵の前に出ることは想定外だ」
「つまり、なんの対策もなしに? あんな巨大な魔物を相手に無手も同じじゃないか!」
イーサンは驚いて声を上げるけど、オリガさんは笑った。
「命を懸けてるのが自分たちだけの専売だとでも思ってる? ダンジョンに潜ることを決めた者は誰でも命がけだ」
「する必要がないという話で…………」
たじろぐイーサンにヴィクターさんは気のない声で言う。
「やれる奴がやる。そうじゃないと他が被害受けるだけだ。だったらやれると判断した奴が動く。なんの問題がある? 力があるのに動きもしない奴を待つより建設的だろ」
言葉に棘がある。
ヴィクターさんの怒りの根源を知らないアルヴィンとサンドロさんが睨み合いを始めようとするのを、私は割って入った。
「ヴィクターさん、何かやってほしいことがあるから声をかけたんでしょう。もしくは馬で教会に行ったほうがいいならすぐに動きましょう」
「あぁ、それだそれ」
切り替えたヴィクターさんはサンドロさんを見る。
「来たってことは少しは罪滅ぼししようってんだろ? だったらちょいと無茶してもらうぜ」
「…………いいだろう」
不服ながらはっきりと応じる。
次にヴィクターさんは私を見た。
「正直無茶だが、助けてやってくれ。こいつらはどうでもいいが、あの教会の三人な」
「いえ、それで何を?」
「馬で追ってもらう。騎士は馬の扱いに慣れてるはずだ」
ヴィクターさんの言葉にイーサンは頷く。
この場には鍛えられた馬もいる。
「だったら、哨戒路の上を走ることもできるわけだ」
「うっそだろ…………。まさか、エイダちゃんとか乗せた状態でスライムの親玉みたいなのに追いつけって?」
アルヴィンは声を引きつらせる。
それだけ難しいらしいことはうかがえた。
「上から安全に補助できるのなんてそれくらいしか方法がない。少なくともエイダは外壁の上からでも魔法を届かせられる腕がある」
確かにダンジョンの地下でも高い位置から魔法を放って届いた。
そしてすでにトビアス、ワンダ、ダニエルの三人は出てしまっている。
今も追われて命が危ないけど、何より囮として決死の覚悟で出た三人の目的を邪魔するわけにはいかない。
後ろから三人よりも多い数で追っては巨大変異種を誘う邪魔だ。
ヴィクターさんが言うように上から追いついて援護するほうが建設的だろう。
「私からもお願いします。私を馬で連れて行ってください」
「もちろん私も行くよ。ちょっと外壁に傷をつけるけど、いざとなったら外に降りて三人の救護もできる」
オリガさんの言葉にヴィクターさんは頷く。
「そうだな研究家先生にはそれで頼む。エイダはできる限り巨大変異種を攻撃してくれ」
「わかりました。ヴィクターさんはどうするんですか?」
「今はまだスライムだけだが、前のとおりならこの後住処荒らされたモンスターどもが新たに出て来る。ここを離れるわけにはいかないし、早い内に北門閉めねぇと」
そのためにはまず砦の包囲から逃れたスライムを駆逐しなければいけない。
その後にはバリケードを撤去して、砦に籠った後は指揮を執ってこの場を守る必要がある。
それでもヴィクターさんは私たちの案内に立った。
向かった先は比較的広い外壁際の階段。
「まずはここを馬に登らせることだが」
ヴィクターさんが試すように言って登ると、イーサンたちはなんなく馬の手綱を引いて階段を登らせた。
そうして私たちは外壁の上に立つ。
一度上ったことがあるけど、改めて相当高い。
そしてさらに馬に乗ると左右に何もない恐怖が襲った。
「大丈夫だ、エイダ。決して落とさない」
震えてしまう私にイーサンはそう声をかけた。
「わお、見えるね」
オリガさんは行く手に見える金色に夢中だ。
私はその巨体の周囲にいるはずの三人が見えないかと目を凝らした。
「行った先は行き止まりだが教会を見下ろす位置に着く。エイダならそこからでも援護ができるはずだ」
「わかりました」
ヴィクターさんに応えると、サンドロさんは先頭で振り返る。
「行くぞ。まずは並足で感覚を掴む」
すぐには走らせない。
それは安全考慮と馬の慣れのためだ。
けれどすぐに駆け足となって、スライムの巨大変異種を追いかける。
ただ哨戒路は馬用じゃない。
曲がりくねってるし、勢いをつけすぎると馬は擁壁くらい飛び越える。
「ひぃ…………」
「揺れるが我慢してくれ」
声を漏らすとイーサンが声をかけてくれた。
けどイーサンも慣れない高さと気の抜けない道に集中してるはず。
地面が硬いと揺れが大きく、体が揺れる分バランスを崩せば落下の危険がいやます。
私はなるべく声を漏らさないよう唇を引き結んだ。
「む、小さい分動きは軽快かな? 予想よりも速い。これは馬じゃないと追いつけなかったね」
「いい度胸してるよ、あんた」
冷静に揺れる馬の上で巨大変異種の動きを観察するオリガさん。
危うい道を馬で走るアルヴィンのほうが緊張感のある声で呆れていた。
先頭を行くサンドロさんが私たちに状況の変化を教える。
「何か光った。どうやら応戦しながら逃げているようだ」
つまり三人はまだ無事。
一人でも脱落したらきっと他二人も止まるだろうから、きっと無事だ。
だったら口を閉じて怖がってるだけじゃ駄目だろう。
私はイーサンに向かって声を上げる。
「イーサン、私が体起こしていいか、伏せて体勢安定させたほうがいいか、指示お願い!」
「わかった。もう少しで直線に入る。そうしたら合図をするから体を起こしてくれ」
私は三叉の杖を握り締めて機会を待った。
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