錬金術基礎講座と聖女の乱入1
泡立ったり、混ざったり。
燃えたり、凍ったり。
全然別の成分に分かれたり、同じ成分を増やしたり。
「……すごい」
倉庫の片付けが早く終わったこの日、私はカーレクティオン様の錬金術を眺めていた。
「だろう? まあ実際詳しい事は何も分かっていないがな」
「え、理屈が分からないでやってるんですか」
彼の言葉に思わず問い返すと、カーレクティオン様はくすくすと笑いながらに肩を竦める。
「正直そういう事だ。錬金術はみんな先人が積み重ねたものの上に、推測でまた積み上げているだけに過ぎない」
そして手に持っていた素材を、カーレクティオン様は他の素材の上に積み上げる。
かろうじて均衡を保っているが、それは不安定に揺れて今にも落ちそうになっている。
「前提だが、錬金術は素材の要素を移動させるのが基本だ。そして要素は万物に宿る」
カーレクティオン様が指さした先にあるのは、錬金術を行うために倉庫から引っ張り出された素材達だ。
彼が直接現地に赴いて採取したものや、人から巻き上げたものなどあらゆる方法で集められたものでもある。
「ちなみに要素は基本的に属性と置き換えてもいい事は知っているか?」
「はい、火山で作られた石が火属性になるなどというものですよね」
「その通りだ、あとは人や時間に付属する属性だな。教会の人間には大概聖属性が宿っているし、古い物にも歴史が力として宿る場合がある」
この世界でもこういう知識は特別職にあたる人ぐらいしか知らない。
私はゲームの知識でふんわりと空気ぐらいは掴めるが、完全な理解は話を細かく聞いても無理だ。
現にカーレクティオン様も、自分が分かり切っていない事を隠しもしない。
「俺達はそういうものを推測し、錬金し、鑑定してなんかどうにかしている」
最後の方の言葉は偉く曖昧だった。
けれどそれが事実なのだろうから、きっと曖昧なのが正解だ。
「結構適当ですね」
「その通り。例えば火の要素を取り出すだけなら、この燃える草と揺らめく水のどちらから抽出しても結果は一緒だしな」
そういうとカーレクティオン様は各々の素材を別の器に入れて、呪文を唱える。
すると各々の器には量こそ違うものの、同じ色の石が生成されていた。
「最低限の錬金術を行うなら要素を抽出して、必要以上にそれを付与できればいい。だから俺は鑑定している時間が長いんだ」
「なるほど……」
話を聞きながら相槌を打っているが、やはり完全には頭に入らない。
彼もそれは百も承知だろうし、先生でもないので私が完全に理解してないとしても知った事ではないのだろうが。
「まあ俺ができる時点で適当だよ、錬金術なんてのは」
そういってカーレクティオン様が締めくくり、講義は終わる。
すると今度は私の仕事ぶりの話しになった。
「しかしお前に整理を任せてから、錬金術が高水準で安定するな」
「分類分けが終わりましたからね」
確かに主人の言う通り、錬金術は割と雑にやっても成功する場合は多い。
だが品質を問うならば、それは論外のやり方だ。
「あ、でも瓶をその辺に投げ込むのはやめてくださいね。貴重な素材が水分を含んで変質しちゃったんで」
「そうだな、それは俺も気をつける」
そう言いつつも、カーレクティオン様は私から視線を逸らす。
実はこの間、彼は適当に素材を倉庫に放り込んだせいで貴重な品を台無しにしている。
(それ自体は世界に一品のみという訳でもないのだけれどね)
実際ダメにした本人は「また取りに行けばいい」と気にもしていなかった。
だが私の問題は、倉庫にそれをしばらく収められない事にある。
(私はこの綺麗な倉庫を保ちたいのに)
分類がはっきりした棚に、分かりやすく全てが揃っている。
その様は整然としていて、そこに美しさを感じていた。
だから貴重品破壊の知らせを聞いて膝から崩れ落ちたのは、未だに苦い記憶として頭に残り続けている。
(けれど、穏やかな日々だわ)
時折失敗した錬金術の爆発音などが響くけれど、その全ては私を弾圧したりしない。
(ずっとこれが続いてくれればいいのに)
貴族令嬢、まして王子の婚約者から倉庫番になるのは他者から見れば大きな転落だろう。
けれど私はあの日々よりも、今の生活に充実感と安寧を覚えている。
(やっぱり、婚約者の器なんかじゃなかったんだわ)
そう考えると、あの日追放された事には感謝すべきなのだろう。
もちろん、追放した二人を許すという意味ではないが。
けれど、分かってはいたけれど。
やはり平穏というものは長くは続かない。
「何用ですか」
「すまない、この素材はあるか。国同士の交渉に必要なんだ」
カーレクティオン様が不在の時に限って、フルフェルト王子が来訪してしまった。
おかげで表情の対応が間に合わず、若干顔が歪んでしまう。
けれど彼は婚約者としてここに来たのではない、あくまで倉庫に素材を探しにここへ来た。
それならば最低限の礼節を持って対応しなければならない。
「待っていてください」
そういって私は素材の収められた棚に向かう、もとい逃げ込む。
頭では分かっているが、やはり感情が拒否してしまう。
こうなったらもうさっさと用事を終わらせる他ない。
(素材のメモには、……あるわね。それにこれは渡していいものだわ)
目当ての素材を最速で探し当て、そのままフルフェルト王子に押し付ける。
本来は梱包などを必要に応じて行うが、今回はその余裕もない。
「ありました、どうぞ」
「すまない」
「では、私はこれで」
用事は果たした、だからもうお互い用はないだろう。
そういう体で私は王子にお辞儀をする。
だが無言の帰宅要請にも、彼は応じてくれなかった。
「ま、待ってくれ」
「何でしょう」
あくまで最低限の礼節を持って、けれど声に親しみは含めず。
いいから帰れと言外に伝えるが、彼は応じてくれない。
本当に気づいていないのか、気づいたうえで無視してるのか。
なんにせよ、帰らないならどちらでも同じだ。
「その、ここで兄と暮らしていると聞いているが」
「えぇ、とても良くしていただいています」
とても、と言う所に力が入ってしまったのが私の性格の悪い所だろう。
けれどそれは事実でもある。
安心して寝れる場所や、弱い身である自分を守る後ろ盾。
その他にも色々。
(それは全て私に必要なもので、彼に剥奪されたものだ)
言い出したのは聖女だけど、実行したのはフルフェルト王子だ。
だが彼にその自覚はないのか、昔と変わらない優しい声を掛けてくる。
「だが、ここはまともな部屋ですらない。それに年頃の女性が男性と二人というのは」
「私は彼の好みから外れておりますので」
与えられる声は慈悲に満ちているが、それすらも私はぞっとしてしまい受け入れられない。
無礼だとは思うものの、言葉が終わる前に切らせてもらう。
一刻も早くここから解放されたい、その一心だ。
けれど怖気が走っていた体も、次の王子の一言で燃えるように熱くなってしまった。
「しかし、いきなり環境が一変したのだ。何かしらの不自由はあるだろう」
(あなたがそれを言うのか)
気を遣うようなふりをして、いやもしかしたら本当に気は使ってるのかもしれない。
しかし不自由の元凶が、それを言うのか。
彼の口ぶりからして嫌味ではないだろうが、いっそ嫌味であった方がずっとマシに思えてしまう。
それくらい、その一言には怒りが込み上げてくる。
「ありません、衣食住から身の安全まで彼が保証してくれています」
「そう、か。もし何かあったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
言葉はどうしても強くなってしまうが、相手は王子だから。
その一点でなんとか自分の行動を律する。
(というか、どうして彼はここに来たのだろう)
王子ならばどういう目的であれ、命令すればどうとでもなる。
それこそ私を追放した時と、同じ様に。
「それと、他人行儀をやめてくれないだろうか。元とはいえ婚約者だっただろう」
「恐れ多い事です、それに今は倉庫番の身ですから」
じりじりと平行線を行く話題は、終わる気配を見せはしない。
けれどかなりのしつこさに、正直臨界点は近い。
「ならこうして二人だけの時でも良い、またこうやって会う時が」
「人の倉庫番を口説くな」