錬金術基礎講座と聖女の乱入2
倉庫の入り口から飛んできた言葉と同時に、カーレクティオン様が倉庫に入って来る。
振り返って彼の姿を確認したフルフェルト王子は、途端に顔色を悪くした。
「兄上、帰ってらっしゃったのですね」
「倉庫の様子を見にな」
彼らの関係はゲームでも詳しく説明していないので、私もそれに関する知識は持っていない。
だが知識はなくても王位継承権を放棄した兄と、現在王位に最も近い弟の仲が良好でない事はなんとなく察せられた。
「あ、火蜥蜴の種火やっぱり切れてましたよ」
帰ってきた主人に、私は救いを求めてそう告げる。
するとその意図を正しく理解してくれたカーレクティオン様が、私に金貨袋を投げてよこした。
「買い足しとけ、俺の金で足りるだろう」
「分かりました、行ってきますね」
カーレクティオン様に言いつけてもらった私は、軽く礼をして廊下に逃げ出す。
隣から伸ばされた手は、カーレクティオン様の鋭い視線に止められて回避できた。
(助かった)
逃がしてもらえたおかげで、ささくれ立っていた精神が大人しくなる。
そしてそれを無駄にしないように、曲がり角を隔てて彼が私を捉えられない場所で様子を伺った。
(ここなら見つかってもすぐ逃げられる)
本当だったらさっさと買い物に行くべきなのだろうが、どうしても先が気になる。
だからできる限り身をかがめて、王子がこちらを向いたら速攻逃げられるように退路を確保して彼らの話を聞く。
カーレクティオン様の方はどうか分からないが、ここから見るにフルフェルト王子は隠れる私に気づいていない。
「俺の倉庫番にちょっかいをかけるな、もうお前の婚約者でもなんでもないだろう。それとも今更惜しくなったか?」
私がいなくなっても、カーレクティオン様はまだ会話を続ける気らしい。
というかカーレクティオン様が、フルフェルト王子を捕まえて煽り倒している。
(彼らが二人揃うのを初めて見たけれど、本当に似てないわね)
片や長身で野性的な兄、片や小柄で柔和な弟。
性格的なものもそうだが、母親が違う彼らは外見的にも特徴が大きく分かれている。
(側妃制度のあるこの国では、王子たちの母親は無数にいるから当然の事だけれど)
不思議なのは私が王妃になる際は、側妃が存在しなかった事だ。
(王位継承権の順位も目まぐるしく変わっていたし、フルフェルト王子も好色な感じはしないから単純にまだ娶ってないだけかもしれないけれどね)
私も、王子の婚約者として在籍していた時間は短い。
王城の裏で動いていることも、たくさんあるのだろう。
そして再び聞こえた声に、私は向こうを伺う。
「なんにせよ、あれはもう俺の倉庫番だ。手を出すなら氷獄の枷をつけてやるからな」
カーレクティオン様の攻撃宣言を聞いたフルフェルト王子が、悔しげな表情をしている。
氷獄の枷は使用された相手の手首を凍らせ、動きを奪うというもの。
特に魔法に秀でているという噂は聞いた事がないから、きっとカーレクティオン様に攻撃されたら勝つ事はできないのだろう。
もしかしたら過去にそういう事が既にあったのかもしれない。
(でも今回は在庫がないからただの脅しなのよね)
倉庫の在庫管理をしている私は知っているが、氷獄の枷に必要な材料はここ最近切らしているから作る事はできない。
それにカーレクティオン様のものはほとんどここにあるから、隠し持ってでもいない限りは私が把握しているはずだ。
(まあ、助け舟は出さないけど)
せいぜい主人に頑張って対抗してくれ、と思うのを最後に私はその場から離れた。
逃げ出すのが一番の目的だが、それはそれとして火蜥蜴の火種は買い足しに行かなければならない。
(一難去ってまた一難)
数日後、今度はフルフェルト王子と入れ替わりで侍女姿のフィーカが倉庫にやってきた。
「今日からここの掃除は私がやるわ!」
そう言いつつも、聖女の手には箒も何も握られてはいない。
そして私は彼女がここに来るなど聞かされていないので、頭がまず追いついていない。
「えっと、どうして」
何度も言う通り、聖女の立ち位置は王族に等しいかそれ以上。
倉庫番をする理由もなければ、そういう事を好む性格でもないはずだ。
だがフィーカは、侍女姿でも相変わらず偉そうにしている。
「女主人の練習よ!」
(女主人? 王妃じゃなくて?)
フィーカの言葉に、違和感を覚える。
彼女がなるのはその辺の女主人ではなく、この国の妃だ。
だが侍女姿でここに来ている事からも、単なる言い間違いなどではないだろう。
(何の思惑があるのかしら、王妃教育が嫌になった?)
もちろん実際に王妃教育を受けてみて嫌になった可能性は十分にある。
私もかなり短期ではあるが受けているので、その厳しさの一片は知っていた。
無駄な衝突は避けたいので、言葉に出す事はしないが。
「最初はさすがの私も勝手が分からないからあなたを置いてあげるけど、どうせすぐに私だけになるわ。だって私の方が魅力的だもの」
(それに関しては反論しないけど)
いつも着ている純白の衣装とは違い、あくまで後ろに控える存在の侍女が着る飾り気のない服。
私が似合うくらいなのだからその地味さはお墨付きなのだが、彼女が着てもその愛らしさは全く威力を落とさない。
むしろ身分が下の服装だからこそ、彼女の愛らしさが際立つのかもしれない。
我儘も人によっては天真爛漫だと言い変える事ができるだろう。
(しかし困ったわ。カーレクティオン様に粉を掛けるのはいいが、職と平穏は失いたくない)
ここまでの様子を見て、彼女がカーレクティオン様狙いなのは分かった。
そして私としては主人の色恋に口を挟む気は一切ない。
けれどそれが私の生活にまで及ぶなら、どうにかしたいのが本音だ。
「何でお前がここにいるんだ」
けれどそうこうしているうちに、今度はカーレクティオン様が帰ってきた。
倉庫に入るまではいつも通りだったようだが、聖女の姿を眼に入れた瞬間に滅茶苦茶眉根が寄ってしまっている。
「あ、おかえりなさ」
「おかえりなさい、カーレクティオン様!」
そして私が最後まで挨拶しないうちに、フィーカが弾丸のような勢いでカーレクティオン様に抱きついた。
(王子の婚約者候補があれでいいのかしら)
彼女がこの国の妃になる事は、正妃候補であった私や側妃がいない事もあって疑いようもない。
なのに、その本人がこの状態。
カーレクティオン様も同じ事を思っているようで、フィーカを引き剥がしはしないもののだいぶ渋い顔をしている。
「どういう状況だ、オルガネーゼ」
帰ってきたばかりで自分が状況を掴めていないと判断したカーレクティオン様が、フィーカではなく私に報告を求めてくる。
だが、私だって持っている情報は彼と大差ない。
「女主人の練習だそうです」
とりあえず持っている最大限の情報を提供するが、カーレクティオン様が受け取った情報は私が何も知らないという事だけだろう。
「これが、か」
呆れたようにフィーカに目をやるカーレクティオン様の眼は、蔑みの感情が浮かんでいる。
聖女兼未来の王妃が堂々と浮気をしているのだ、そういう目にもなる。
「旦那様の疲れを癒して差し上げるのが、女主人の一番の仕事ですわ!」
けれどにこにこと笑う聖女の瞳には、カーレクティオン様しか映っていない。
可憐な少女に好かれるのは男の誉れだろうが、中身を知っている彼は喜べないらしい。
そして彼女を叩き出した後の面倒と、少し我慢して平穏のどちらがいいか天秤にかけてカーレクティオン様は後者を選んだ。
「しばらく掃除でもさせておけ、すぐ飽きる」
「分かりました」
諦めたように私に伝える主人と、同じくうなだれる様に首を縦に振る私。
それでも仲良くしろ、と言われなかっただけ温情だろう。
いや、そう思うしかない。




