94 もっと……
寝る前、ベッドの中で私たちは唇を重ね合っていた。深いキスを……。お互いに向かい合って横になっていた。
暗い部屋には、私たちの息遣いだけが響いていた。
呼吸が早くなる。
胸が苦しくなる。
薫くんは離れると、私の頭を撫でた。
「おやすみ」
隣からそんな声が聞こえてきた。
……もっと……したい……。
私は薫くんの服を握り込んだ。
すると、薫くんが動く気配がし、部屋の中が少し明るくなった。そのあとその明かりは、最小限まで落とされた。ベッドサイドに置かれていた照明だ。
なんで電気をつけたんだろう。
私は恥ずかしくなり、タオルケットを手繰り寄せると、それで顔を隠した。
「なんで電気をつけたの?」
「葵ちゃんの顔が見たくなったから」
そう言われて、私は少しだけタオルケットをずらすと、目だけを出した。
「ちゃんと見せて?」
薫くんは少し切ないながらも、優しい顔をしていた。
恥ずかしい。
だけど私は、言われた通りにした。
「まだ寝たくなかったの?」
私は頷いて答えた。
すると薫くんは私に覆いかぶさり、また唇が重なった。
私たちは長いこと、そうやって深いキスをしていた。
もうだめ……。
ちゃんと呼吸はしているものの、苦しくなってしまい、薫くんの胸を押し返した。
静かに呼吸を整えていると、薫くんは、私のことを見下ろしていた。恥ずかしくて目を逸らせたかったけど、それはできなかった。なんだかその目に、吸い込まれるように感じたから。
「……かわいい」
「……」
薫くんは、私の左頬に触れると、親指で下唇をなぞった。
「もう少しだけ、いい?」
私はまた、頷いて答えた。
スーパーで正式に雇ってもらってから1ヶ月が経った。
「あんたトロいな」
そう言ってきたのは東さんだった。
「……すみません」
開店前の品出しをしているところだった。
私は丁寧に補充をしていたつもりだったから、少し落ち込んでしまった。
「ははっ。そんなに真に受けんなよ」
だって……
私は商品棚の下段の補充を、しゃがみながらしていた。そんな私の隣に、東さんもしゃがんだ。
「思ったんだけどさー、藤崎さんて、温室育ちなの?」
温室育ち?
なにそれ。
「すぐに人のことを信じそうだし、冗談も真に受けそう。それに簡単に傷つきそう」
「……だとしたら、何なんですか?」
「別に?ただそう見えたから」
バカにされてる……?
すると東さんは立ち上がり、私の頭を手でぽんぽんとした。
「少し遅いけど、いつも綺麗に並べてるよ。そのまま頑張って」
……褒めてるの?貶してるの?
東さんはよくわからない。
少しだけ気持ちが乱れてしまったから、ポケットに忍ばせておいた、アトマイザーを手に取った。キャップを外し、香水の匂いを嗅ぐと、自分の気持ちを落ち着かせた。
休みの日に、私は電車に乗り、ひとりで買い物に来ていた。自分の下着と、それから薫くんに、刺繍をしたハンカチをプレゼントしたかった。もちろん、自分の稼いだお金で。
初めてあげるプレゼントだったから、ただ買っただけのものではなく、想いも込めたかった。
刺繍はまだまだだけど、それなりに思い通りにはできるようになっていた。
喜んでくれるかな?
……たかがハンカチで、男の人は喜ぶのかな……?
そんな不安を抱えながらも、街に着くと早速、薫くんにプレゼントをするタオルハンカチを探した。
色々と見て、悩みながら決めた。
家に帰ると、早速ハンカチに刺繍をし始めた。
薫くんのイニシャルの“K”と、薫くんが好きなアニメ映画のキャラクター。魔女と一緒にいる黒猫を刺繍することに決めていた。
喜んでくれるかな……と不安になりつつも、“いつもありがとう”、“好きです”……そんな気持ちを込めて、ひと針ひと針、進めていった。
後日、刺繍が完成すると、簡単にラッピングをし、帰ってきた薫くんに早速手渡した。
「薫くん、これハンカチなんだけど、開けてみて?」
「ハンカチ?」
「うん」
薫くんは袋を開けると、ハンカチを手に取り、見ていた。
「……これ、もしかして、葵ちゃんが刺繍したの?」
「うん。どうかな?」
男の人はやっぱり、刺繍なんて嬉しくないかな。
薫くんは、ずっとハンカチを眺めていた。
それから私のことを抱きしめてくれた。
「すごく嬉しい。僕のためにありがとう。大切にするよ」
「ふふっ。よかったぁ。不安だったから」
「不安?」
薫くんは私から離れると、顔を見ながらそう聞いてきた。だから私はさっき思っていたことを、正直に話した。
「そんな……こんな素敵なプレゼントを喜ばないわけないじゃん。葵ちゃんの気持ちがすごく伝わってきたよ?」
そこまで言われると、照れてしまう。
薫くんは私の顎に手を添え、上を向かせると、軽く唇を重ねた。
「本当にありがとう」
「やっと、私も薫くんにプレゼントを渡すことができた」
「今までも、たくさんもらってきてたよ?美味しい料理に、ケーキに……」
今度は左頬に、手を添えられた。
「葵ちゃんの笑顔」
「……」
「そんなのプレゼントじゃないよ」
「いいの。僕はそうやって、色々と葵ちゃんからもらってるから。葵ちゃんの笑顔を見ると元気がでるの。やる気がでるの」
私は、薫くんのストレートな言葉を聞いて恥ずかしくなり、思わず抱きついた。
その夜、私たちいつも通り暗い部屋の中、ベッドの上で唇を重ねていた。するとまた、薫くんがほんの少しだけ、明かりをつけた。「顔が見たい」と言いながら……。
それからまた深いキスをしていると、私の気持ちが爆発してしまいそうになった。
もっと触れたい……。
女の人が、そう思うのは普通なのかな?
そんなことを言ったら、引かれちゃうかな……?
薫くんは唇を離すと、私の頭を撫で、「おやすみ」と言ってきた。
私はそんな薫くんに抱きついた。
「もっと……」
「ん?もう少しキスする?」
「……ううん。もっと薫くんに触れたい……」
その時、薫くんが短く息を吸い込み、少しの間、時間が止まったように感じた。
やっぱり変だった?
引かれちゃった?
薫くんは力強く抱きしめてきた。
「……葵ちゃん……」
「はい……」
「これ以上のことをすると、もう僕は我慢ができない」
「……」
「この意味わかる?」
それはつまり……
薫くんは、今度は長く息を吐いていた。
「最後まで……ってこと」
最後まで……
私はその時、以前、雫ちゃんから見せられた動画を思い出していた。
あれを……するってこと……?




