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お薬飲もうね─ 父の狂った愛と、優しい彼の本音─  作者: ことりおと


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95 やっと進んだのに


 時間が止まったように感じた。


 前に見せられた動画が、頭の中をぐるぐるとしていた。


「……やっぱり怖い?」


 薫くんが心配そうな声で、そう聞いてきた。


 今は抱きしめられているから、その表情はわからない。


「怖い……というか……」

「ごめんね。僕があんなことを言ったから」

「そうじゃなくて……薫くんが怖いとか、薫くんとするのが怖いとかじゃなくて……」

「ん?どういうこと?何が不安?」


 私は言葉を選びながら、そういう動画を、以前、雫ちゃんから見せられたことを伝えた。


「ははっ。大丈夫だよ。僕はそんなふうにはしない」


 やっぱりあの時、雫ちゃんにからかわれてたのかな?


 優しいと思っていた雫ちゃん。


 だけど最後に見た雫ちゃんの顔は、おぞましいものだった。気持ちの悪い笑顔だった。


 きっと雫ちゃんも、私のことを箱入り娘だとか、温室育ちだって、思ってたのかな……。


「葵ちゃん?無理しなくていいよ?」

「……」

「他にまだ、不安はある?」

「ううん。大丈夫」

「今日はもう寝ようか」


 薫くんは私から離れた。


 私は咄嗟に、薫くんの服をぎゅっと手の中に握り込んだ。


「……」

「……薫くん……」

「……」

「大丈夫だから……」

「……本当に?」

「もっと……薫くんと触れ合いたい……」


 薫くんは私の顔をじっと見た。


 次に私の左手を握ると、その手にそっとキスをした。薫くんはキスをしたまま、じっと動かなかった。


 どうしたんだろう。


「薫くん?」


 私は不安になってしまった。


 すると薫くんは、私に覆いかぶさり、唇を重ねた。それから上体を起こすと……


「……僕も同じ気持ちだよ。葵ちゃんと、もっと触れ合いたい」


 そう言いながら、薫くんはTシャツを脱いだ。


 初めて見る薫くんの体は、程よく筋肉がついていて、改めて男の人なんだと実感した。そう思うと急に緊張してしまった。


 薫くんはまた唇を重ね、しばらくすると、それが首筋へと移動していった。


 私は……薫くんに身を委ねた。


 

 朝、目を覚ますと、目の前には薫くんがいて、私のことを見ていた。お互いに向き合うように横を向いていた。


 ぼーっとしていた頭が、一気にクリアになり、急に恥ずかしくなってしまった。急いで薫くんに背中を向けると、薫くんは抱きしめてきた。


「おはよ」

「……おはよ……」

「体つらくない?」

「うん……大丈夫……」

「大事にするから」

 

 その言葉と共に、薫くんの腕に力が入った。


 私はその腕にそっと触れた。

 

 心臓が……飛び出してしまいそうだ。


 私の頭の中は、昨夜のことがずっと、鮮明に再生されていた。


 薫くんの素肌、体温、なめらかな手、息遣い……

 

 そういったことを思い出してしまった。


 恥ずかしい……。


 こんなことを思い出してしまっている自分にも、恥ずかしく思ってしまった。


 私……本当に薫くんと……。


 昨夜は、雫ちゃんが見せてきた動画とは全く違った。


 薫くんは終始私に気を遣い、ゆっくりと、それから優しくしてくれた。


 その時間は、とても甘いものだった。


 そんなことを思っていると、薫くんが肩にキスをしてきた。


 昨日はそのまま、何も着ないで眠ってしまった。だから薫くんの唇を直に感じ、そこに意識が集中していた。


「葵ちゃん?」

「……はい……」

「今日は何もしなくていいから」

「え?」

「僕も休みだし、スクランブルエッグくらいは作れるよ?葵ちゃんに教わったからね」


 薫くんの声が耳元で響く。


 今までもこんなことは、何回もあった。


 だけど……今はその声に色気を感じてしまった。


「いいよ?いつも通り私が作るよ?」

「ううん。ゆっくりしててほしい。お昼は焼きそばを僕が作って、夜はどこかに食べに行くか、デリバリーでも頼もう?」


 私の体を気遣ってくれてるんだ……。


「うん……ありがとう」


 薫くんがそう言ってくれたから、素直に甘えることにした。


 朝の柔らかい光が、カーテンの隙間から漏れていた。


 今この空間には、“優しさ”があふれている。


 薫くんの大きな優しさ。


 ドキドキもするけど、安心もする。薫くんの心の温かさも感じるし、愛情も感じる。


 私の人生に、こんな日が訪れるだなんて思ってもみなかった。


 薫くんは本当に、朝ごはんにスクランブルエッグとトーストを用意してくれ、お昼には焼きそばを作ってくれた。


 お昼を食べ終わると、二人でソファに座って映画を見ていた。


 だけど、全く映画の内容は入ってこなかった。


 私には……恋人もキスも、大人の関係も、全部無理なことだと思っていた。それにアルバイトも。


 あの時、薫くんが手を差し伸べてくれなかったらと考えると、本当にゾッとする。そうじゃなかったら、私は今頃……


 そんなことを考えていたら、涙が出てきてしまった。


「っ……」

「え?どうしたの?」


 私が鼻を啜ったことで、泣いていることがバレてしまった。


 薫くんが心配そうにしていた。


「ごめんなさいっ。急に泣いちゃって……」

「ううん。それは別にいいけど、どうしたの?何で泣いてるの?」


 テレビからは、映画の続きが淡々と流れていて、クライマックスを迎えようとしていた。


 こんなタイミングで泣いちゃうだなんて……。


「ありがとう、薫くん」

「え?なに?急に」

「……薫くんは……私のヒーローだよ」


 両手で涙を拭いながら、そう伝えた。


 薫くんは私の肩を抱いてくれた。


「ん?なに?いきなりどうしたの?」


 私はさっき思っていた、自分の気持ちを伝えた。

 

「もう……前にも言ったでしょ?今があるのは、全部葵ちゃんが決めたことだって」

「違うっ。本当に薫くんのおかげなの。薫くんは私のヒーローなの」

「大げさだって」


 大げさなんかじゃない。


 薫くんに出会っていなければ、私はずっと、あの家に居続けていたはずだ。なりたくもないパパの妻になり、あの目で見つめられれば体は硬直する。それで……薫くんと昨夜したようなことをパパと……。


 自分の気持ちを殺し続け、どうせ私には何もできないと思い込み、パパの言いなりになって、未来を台無しにするところだった。


 幸せを感じるたびに、パパとのあの生活を思い出しては胸が押し潰されそうになる。


 ただただ……幸せに浸っていたいのに、どうしてもあの時のことが付き纏う……。

 

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