9 第一歩
まだまだ暑いから、雫ちゃんのために冷たい飲み物と、お菓子を用意した。今は休憩中で、場所はいつも通り、ダイニングテーブルだ。
色々と話していると、話題がお風呂になり、私は昨日のことを思い出してしまった。パパに裸を見られてしまったことを……。
「どうしたの?」
「あ……実は──」
私は昨日のことを雫ちゃんに話した。
「あっははっ。大丈夫だってっ。私なんて、実家を出るまで家の中を平気で裸で歩いてたよ?もちろんお父さんの前でも」
「えっ?」
目の前に置いてあるグラスの氷が溶け、カランと音を立てた。
そういえば何かのバラエティ番組でも、20代の子が、未だにお父さんとお風呂に入ると言っていたのを見たことがある。割とそういう人も多いのかな?
「まあでも、私は子どもの頃からそうだったからな。それに家族旅行なんか行くと、未だに部屋の露天風呂にみんなで入ったりするよ?」
家族って、そんなもんなのか……。
私が変に意識しちゃっただけ……?
そう思うと、逆に恥ずかしくなった。なにパパに対して恥ずかしがってたんだろ。パパも言ってたように、パパは親なんだから。
雫ちゃんの話を聞いて、私は少しホッとした。
私と薫くんはこまめに連絡を取っていた。
今パパは仕事中で、私は部屋で勉強をしている。すると、薫くんからメッセージがきた。
『明日の夜さ、実行しよ?明日は早く帰れるから』
薫くんが言っているのは、薬のことだ。しばらくの間、薫くんは忙しくしていたみたいで、私が薬を飲むタイミングに、パパに電話をかけられない状況だった。
『わかった。うまくいかなかったらごめんね?』
『大丈夫だよ。チャンスならいくらでもあるから』
もし、これがうまくいけば、薬を薫くんに渡すためにまた会える……。
……1回くらい、飲まなくても大丈夫だよね?
朝は飲むんだし……。
その時、スマホが鳴った。確認してみると……『今電話できる?』と薫くんからのメッセージだった。
最後のメッセージにスタンプを返したから、もうこれでやり取りは終わったと思ってたのに……。
少し緊張しながら、こちらからかけてみた。
『ありがとう。電話くれて』
「ううん」
『久々に声が聞きたかったんだ。葵ちゃんの声ってすごくかわいいから』
私はてっきり、明日の話をするもんだと思ってたから……
不意を突かれて心臓が跳ねてしまった。
なんて言えばいいかわからなかったから、私は黙ってしまい、部屋の中は小さい音量でかけていた音楽だけが響いていた。
『葵ちゃん?』
「あ……はい……」
『しゃべってくんないと、葵ちゃんの声が聞けないじゃん』
「そんなこと言われても……」
『今何してたの?』
「勉強」
『えらいね』
「いえ……」
『ふふっ。ごめんね?話しづらくなっちゃうよね。あんなことを言われたら』
薫くんは、話題を変え、なんてことのない話をし始めた。
その時間はまるでふわふわとして、キラキラとして……心地よくドキドキするような素敵な時間だった。
電話を切ると、私はベッドに寝転んだ。
こんなんじゃもう……今日は勉強できないや。
何にも頭の中に入らない。
“声が聞きたかった”って言われちゃった……。
嬉しいな。そんなふうに思ってくれて。
私も聞きたかったって素直に言えばよかった。そうしたらどうなってたんだろう。そんなことを言ったら、私の気持ちがバレちゃうのかな?
薫くんは私の声がかわいいと言ってたから、他意はないよね?それは少し残念だけど、それでも嬉しかった。
夜になり、パパが帰ってきた。
いつも通り夜ごはんを一緒に済ませ、少しすると薬が出てきた。
「葵、お薬だよ」
そう言われる前に、私はスマホをすでに手にとり、ゲームをしているフリをしていた。
「あ、うん。今してるゲームが終わったらすぐに飲むね」
私はそう言うと、薫くんに着信を残した。スマホを置き、薬に手を伸ばすと、パパのスマホがすぐに鳴った。
パパはスマホを手に取り、画面を見ると私を見たまま電話に出た。
「どうしたの?……え?あれは病院の方にあるから……そんなにすぐに必要なの?」
だめだ。パパはずっと私のことを見ていた。それから“早く飲んで”と、ジェスチャーをしていた。
どうしよう……。
「わかった。あとでそれは取りに行って、ちゃんと折り返し連絡するから」
折り返し……。
1種類だけなら……飲んだフリができるかも。
私は4種類ある中のひとつだけを手の中に隠し、薬を飲んだフリをした。するとパパは柔らかく微笑んだ。
よかった……ひとつだけでも回収できた。これを続けてれば、全種類揃えられるかも。
薬をポケットにしまい、私は2階の自分の部屋へと向かった。
部屋に入ると、小さなジップ袋に薬を入れ、それをバッグの中にしまった。
「ふぅ……」
たったひとつの薬を回収するだけでも、大仕事を成し遂げたように感じた。
それと同時に……ものすごく悪いことをした気分だった。
だけど……
これで私の病気がよくなる一歩に繋がるかもしれないんだ……。
そう思うと、罪悪感は少しだけ軽くなった。
さっき薬を隠す時に、変な汗をかいてしまった。
体のベタつきがすごく気持ち悪い。
私は下着とパジャマを手に取ると、すぐに浴室へと向かった。




