10 デート?
今日は家庭教師がない日だ。
だから……薫くんと会う約束をしていた。
薬を渡すために……。
パパを見送ると、早速準備に取り掛かった。
少しだけ……メイクしてみようかな。私は数少ないメイク道具で、ちょっとだけメイクをしてみた。
薄くファンデを塗り、ビューラーでまつ毛を上げマスカラを塗る。ちょっとだけアイラインを引き、チークも控えめに乗せると、最後にリップで唇を彩った。
ほんの少しだけ……大人に近づけたような気がした。
高校生の年齢になってから、メイク道具を少しずつ揃え、パパと出かける時は薄くメイクをすることもあった。だけどこうやって、好きな人に会うためのメイクをするのは初めてだった。
この前パパに買ってもらったワンピースを身に纏うと、髪型もセットして、家から出て行った。
今日もパパには“図書館に行く”と伝えていた。
あのレシピ本……誰にも借りられてないといいけど……。
パパの誕生日は5日後に迫っていた。
薫くんと会う前に、私は図書館へ寄り、すぐにお目当てのレシピ本を探した。
よかった……。
ちゃんとあった……。
私はその本を借りると、早速待ち合わせ場所へと向かった。
薫くんはすでに待っていた。
「すみません。遅れちゃって」
「……」
「……あの……?」
薫くんは私のことを凝視していた。
やっぱり……メイク変だったかな……?
私は急に不安になった。
メイクなんてしなきゃよかった。
そう思って、顔を隠すように俯いた。
それから薬が入った袋をバッグから取り出すと、薫くんに手渡してこう言った。
「メッセージでも伝えた通り、今回はこの一錠しか回収できませんでした。ごめんなさい。それじゃあ……」
早口にそう伝えると、私は踵を返し帰ろうとした。
すると……腕を掴まれた。
「なんで帰ろうとするの?このあとはドライブをする予定でしょ?」
……。
だって……
こんな姿、恥ずかしい。
ひとりだけ浮かれて、メイクなんてしちゃって……。
それにこの髪型も……このワンピースも……。
私は掴まれていない方の手で、ワンピースのスカートを握り込んだ。
「……僕のために……」
「……」
「僕のために、今日はお洒落をしてきてくれたの?」
恥ずかしい……。
やっぱりそう思うよね……?
「……」
「もっとちゃんと見せて?」
それでも私は俯いたままでいた。
すると薫くんは、掴んでいた私の腕を引き寄せた。
ちょっと待って……。
それから私の顎を掴み上を向かせ、じっくりと顔を見ていた。
「っ……」
「……すっごくかわいい。似合ってるよ」
……のぼせそうになった。
夏だからただでさえ暑いのに、私の体はそれ以上に熱く感じた。
“かわいい”……?“似合ってる”……?
「……」
「葵ちゃん?」
薫くんがそう言った頃にはもう、私から離れていた。でも……私の腕は放さないままだった。
「……ふふっ」
薫くんは微笑んだ。
「本当にかわいい……」
私はもう、熱くて仕方がなかった。思わず薫くんの腕を振り払うと、両手で自分の頬を包み込んだ。
なに……?
これは一体なんなの……?
心臓が暴れていて、とてもうるさかった。
「ほら。ドライブしよう?」
薫くんはまた私の腕を掴むと、そのまま手を握ってきた。
だめだ……。
胸のドキドキが収まらない。
苦しい……。
二人で車に向かうと、薫くんは助手席のドアを開き、私が乗り込んだのを確認すると、ドアを閉めてくれた。
それから薫くんは、運転席へと乗り込んだ。
「葵ちゃん?どうしたの?」
「……なんか……」
「ん?」
恋って苦しい……。
でもこんなこと言えない。
どうしよう……。
「“なんか”、なに?」
「いえ……」
「なになに?教えて?」
「……なんか……デートみたい……」
……ばかばかっ。
私のばかっ。なんてことを言ってるの?なんでそんなことを言っちゃったの?そんなことを言ったら、私が薫くんを意識していることがバレちゃう。
……あ……もうバレているのかな?
さっき薫くん、“僕のために、今日はお洒落してきてくれたの?”だなんて言っていたし……。
「……僕は……最初からそう思ってたよ」
え……?
「だから葵ちゃんがお洒落してるのを見て、嬉しかった。僕のために?って思って」
デート……
これって……デートだったんだ……。
胸の奥がむずむずとしながらも、ぽっと温かくなった。
デート……?
デート……。
しばらくは頭の中がふわふわとしていた。
だけど薫くんは、普通に世間話をし始めた。
そうしてくれたおかげで、私も徐々に冷静になり、気がつけば二人で他愛もないことを話していた。
そうやって話している間に、またいつか感じたような、心地よさを覚えた。
そのあとは薫くんが調べていてくれたカフェに入って、スイーツやドリンクを楽しむと、夕方には解散した。
今度はパパにバレないように、できるだけポーカーフェイスを保つことに専念した。
じゃないと……
きっとニヤけてしまうから……。
だけど、結局そんなことは無理で、帰ってきたパパに「今日は楽しいことがあったの?」と聞かれてしまい、私はやっぱりその理由を、“パパの誕生日に作る料理を考えてた”と、嘘をついた。
それを聞いたパパは嬉しそうに微笑んでいた。
嘘をついたのに、不思議と前ほど胸は痛まなかった。
それはたぶん……
今日という日が、私の中でとても特別な日だったから……。
だって……薫くんと“デート”をしたからだ。
薫くん……今何してるんだろう……。
もう夜ご飯は食べたかな?
それとも勉強してるのかな?
またお風呂に入ってる時に、メッセージを送ってみようかな?
「そんなに楽しみなの?パパの誕生日」
「うんっ。たくさんパパの好きな料理作るねっ」
「ははっ。ありがとね。楽しみにしてるよ」
パパはまた、さっきと同じようにやさしく微笑んでいた。




