11 普通のこと
パパの誕生日当日。
お昼頃からケーキを作り、それを仕上げると、次に料理の下準備をした。それも終わると今度はお花屋さんに行き、テーブルの上を華やかにするためのお花を買った。
「ふぅ……ひと通りの準備はできたかな」
家に帰り、ひとりでそんな声を漏らすと、スマホを手に取りソファに座った。
メッセージ……送っちゃおっかな……。
『こんにちは。今日はパパの誕生日で、お昼からケーキを作ったり、料理の下準備をしたよ。薫くんは研修で忙しいかな?まだまだ暑いから、体調に気をつけてね』
よし。こんな感じでいっか。送信っと。
心の中でそう呟きながら、送信ボタンをタッチした。
返事がくるのは夜かな?
なんて思ってたのに、薫くんから電話がかかってきた。
「はい」
『今日は忙しかったんだね』
「少しだけ」
『今日は僕、休みなんだ。そしたら葵ちゃんからメッセージがきたから、電話しちゃった』
少しずつ、こうやって電話をすることにも慣れてきた。
『いつか……』
「はい……?」
『いつか僕にも、誕生日ケーキを作ってほしいな』
……。
まただ……。
また胸の奥がきゅっとした。
「はい……作ります……」
それから薫くんの誕生日を聞いたり、何ケーキが好きなのかを聞いたりしてから電話を切った。
薫くんの誕生日はもう過ぎてしまっていて、作るなら来年になる。
今日みたいにお昼に作れば、パパにはバレないかな?
でも……パパはたまに家に戻ってくることがあるから、バレてしまうかもしれない。
それに薫くんは忙しいから、当日に会えるとも限らないしな……。
まぁ、来年のことだし、少しずつ計画を立てていけばいっか。
それにしても……
“いつか僕にも、誕生日ケーキを作ってほしいな”……か……。
だめだ。ついつい顔が緩んでしまう。今日までは“パパの誕生日だから”と言い訳をしていたけど、これからはなんて言おう。
ふと時間を確認すると、あと1時間でパパが帰ってくることに気がついた。
料理の仕上げをしないと……。
私は薫くんのことを色々と考えながら、キッチンに立った。
気がついたら鼻歌を歌っていた。
テーブルには出来上がった料理を次々と並べた。もちろん買ってきたお花も飾った。
「うん。お誕生日会っぽい」
私には“おこづかい”というものはない。欲しいものは全部パパが買ってくれるし、食料品や日用品なんかはパパから渡されているクレジットカードで支払っていた。
だからこの料理とケーキが、私からの誕生日プレゼントだ。
「ただいま」
パパが帰ってきた。
「おかえり」
キッチンからそう声をかけると、パパは私の背中からハグをしてきた。
「こんなにたくさん用意してくれてありがとう」
「だって、私にはこれくらいのことしかできないから」
「そんなことないよ。葵がこうやって生きているだけで、パパは嬉しいんだから」
パパはそう言うと、私から離れて手を洗いに行った。
すべての準備が整うと、私は賑やかな曲をスマホからBluetoothのスピーカーに繋げた。それから定位置に座り、二人だけの誕生日会が始まった。
しばらく食べ進めると、私は冷蔵庫から小さいホールケーキを出し、テーブルの真ん中に置いた。
「改めてまた言うね。パパ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。上手にできたね。本当に手作りなの?」
パパはからかうように、そう言ってきた。
だから私は、証拠を見せつけるかのように、レシピ本を手に取ると「ほら。これを作ったの。見た目もそっくりでしょ?」と、得意げに言った。
「本当だ。その本のケーキよりも美味しそうだよ」
よかった。喜んでもらえた。
二人でケーキを食べていると、パパがこんなことを言い出した。
「このあと、パパの背中を洗ってくれない?子どもの頃によくしてたみたいに」
「うん。いいよ」
「パパも葵の背中、洗ってあげるよ」
……え?
「私は大丈夫だよ。今日はパパの誕生日なんだから」
パパの背中を洗うだけなら、服を着たままでもできる。
だけど……
「親子水入らずで、ゆっくり湯船に浸かろうよ」
……。
賑やかな曲が、静かな部屋に響き渡っていた。
確か……前に雫ちゃんは、家族で温泉に入ると言っていた。
それなら……別に変なことじゃないんだよね……?
せっかくのパパの誕生日なんだし、水を差すようなことはしたくない。
「……わかった」
そう言ったものの、胸がざわめいていた。
普通の……ことなんだよね?
私は浴室に向かうと、色が白く濁る入浴剤を手に取り、浴槽に入れた。
普通のこと。
よくあること。
大丈夫。
だってパパは親なんだから。
リビングに戻ると、私はパパに声をかけた。
「準備できたよ」
「それじゃあ入ろうか」
私は静かに頷いた。
服を脱ぐとパパと一緒に浴室へと入った。
私はパパに背中を向け、自分の髪と体を手早く洗った。
「いつもそんなに急いで洗ってるの?」
見て……たの……?
てっきりパパも、背中を向けてるんだと思ってたのに……。
「葵?」
「……いつもは……もっとゆっくり……」
「……そっか。それじゃあパパの背中、洗って?」
顔だけ後ろを向けてみると、パパの背中があった。
私はボディータオルを手にすると、パパの背中を洗い始めた。
大丈夫。
親子でお風呂に入るのは普通のこと。
私は何度も、自分にそう言い聞かせた。
洗い終わると、二人で湯船に浸かった。
“うちの湯船は、少し大きめに作ってあるんだよ”と、子どもの頃に聞かされたことがあった。
私たちは向かい合うようにして、座っていた。
入浴剤のおかげで体は見えない。
私は恥ずかしくて、ずっと俯いていた。
だけど……
パパからの視線はずっと感じていた……──




