87 プレゼントをちょーだい
いよいよ今日は、薫くんの誕生日だ。
朝起きると、真っ先に私は、薫くんに「お誕生日おめでとう」と伝えた。薫くんは嬉しそうに「ありがとう」と返してくれた。
今日は薫くんにとって、いい日になるといいな。
薫くんを見送ると、私はそんなことを考えていた。
料理とケーキ、喜んでくれたら嬉しいな。
でもきっと、薫くんは優しいから喜んでくれると思う。早く薫くんの笑顔が見たい。
自分の誕生日ではないのに、私はわくわくとしていた。
薫くんは前に、お昼はおにぎりがいいと言っていたけど、今日は誕生日だし、おにぎりの他に、小さいタッパーにおかずを少しだけ詰めたものを用意した。それをおにぎりと一緒に袋に入れ、薫くんに手渡した。
薫くんは何も気づかず、それを「ありがとね」と言いながら受け取ると、すぐにリュックにしまっていた。
お昼になって気がついた時、薫くんはどう思うかな?
やっぱり迷惑だったかな……。
余計なこと……しちゃったかな……。
作っている時は楽しかったから、そんなふうには思わなかったけど、だんだんと不安になってきてしまった。
ちゃんと食べてはくれるだろうけど……。
やめやめ。
またそんなことばかり考えて。別に悪いことをしたわけじゃないんだから、きっと大丈夫。
気を取り直してから家事をして、それが終わると、早速ケーキを作り始めた。
パパ以外の人に、ケーキを作るのは初めてだった。
パパに作っている時も楽しかったけど、好きな人に作る料理やケーキは、特別なものに感じた。
よし。こんな感じでいいかな?
フルーツと生クリームで彩られたケーキが完成した。結構可愛くできたと思う。
それを冷蔵庫へしまうと、ちょうど薫くんから着信があったから、すぐにその通話に応じた。
『ふふっ』
電話に出るなり、薫くんはそうやって笑っていた。
「どうしたの?」
『ありがとう。お弁当、美味しかったよ。それにすごく嬉しかった』
「本当?」
『うん。朝受け取った時は、全然気がつかなかったよ。だからお昼になって、袋を開けた時に驚いた』
「やっぱり気がついてなかったんだ」
『うん。みんなに自慢しちゃった』
え……あんなちっちゃいタッパーに入れたおかずを?みんなに見せちゃったの?一応彩りなんかは気をつけていたけど……。
『みんなから羨ましがられちゃった』
「なんか恥ずかしいよ……」
『そんなことないよ?見た目も綺麗だったし、味も美味しいし』
「もう……」
耳元では、本当に嬉しそうな薫くんの声が聞こえてきた。
まただ……。
また胸の奥が温かくなった。
『今日も急いで帰るからね』
「うん。気をつけて帰ってきてね」
『うん。待っててね?』
「……待ってる」
「はぁ……」
通話を切ったあと、思わずため息が漏れた。
幸せを感じても、ため息って出るんだ……。
知らなかった……。
今までも、何度かこういうことがあった。だけど、それはドキドキを抑えるために、出てくるものだと思っていた。だけど違う。
これは幸せを感じて、漏れたため息だ。
私はお昼ごはんを済ませると、今度は料理の下準備を始めた。
夜になり、薫くんが帰ってくると、テーブルに並べられた料理を見てとても喜んでいた。
「……ありがとう。こんなにたくさん……」
まだ手も洗っていない薫くんが、リビングに佇み、そう言っていた。
私はキッチンから返事をした。
「ふふっ。お祝いだから」
「作るの大変だったでしょ?」
薫くんに色々なものを食べてほしくて、私はたくさんの料理を用意していた。だからといって、ただ大量に用意していたわけではない。二人でちゃんと食べ切れるように、メインを2種類と、その他は少量の料理を何種類も用意した。
「ううん。好きな人のために作る料理って、すごく楽しいから」
「……好きな人?」
……。
しまった……。
また口を滑らせてしまった。
私は恥ずかしくなって顔を両手で覆うと、隠れるようにその場にしゃがんだ。
薫くんが動く気配がした。
こちらに向かって来ている……と、思う。
私の隣に、薫くんはしゃがんだようで、肩を抱かれた。
「ありがとうね。僕のために、あんなに用意してくれて」
「……うん」
「僕も好きだよ」
恥ずかしくて顔を上げられない。
「今手を洗ってくるから、一緒に食べよう?」
「うん」
薫くんが離れると、私はすぐにスマホを手に取り、インカメラを起動させると、自分の顔を確認した。
……やっぱり……赤くなってる。
本当はこのまま、カーテンの裏にでも隠れたい気持ちだったけど、せっかくのお祝いを台無しにしたくなくて、私は取り皿や飲み物などを用意した。
手を洗い終えた薫くんは、私の顔を見ると、優しく微笑んでいた。
たぶん……まだ赤いままだと思う。
二人でソファの前に座ると、乾杯をした──のはいいんだけど、私はまだ恥ずかしさが残っていて、口数が少なくなってしまった。
「美味しい。素敵な誕生日になったよ。本当にありがとね」
「……よかった」
「もう。いつまで照れてるの?僕は嬉しかったよ?葵ちゃんにああ言ってもらえて。それに、大変な思いをして、この料理を作ったんじゃないって知ったのも嬉しかった。楽しく作ってくれたんでしょ?」
「うん……楽しかった」
私はそこでやっと、薫くんの顔を見た。
「ふふっ。なんで楽しかったの?」
薫くんはお茶目な顔をして聞いてきた。
「っ……もうっ。いじわる言わないで」
私はまた恥ずかしくなってしまい、両手で顔を覆った。
さっきやっと、落ち着いてきてたのに。
「だって本当に嬉しかったから」
薫くんの楽しそうな声が、耳に届いた。
「ほらほら。どれも美味しいから、一緒に食べよう?って、全部葵ちゃんが作ったから、僕がこんなふうに言うのは変だけどさ」
私は観念して、両手を顔から離し、お箸を握った。
「本当にありがとうね。こんなふうにお祝いされるなんて、初めてだよ」
「……こんなことくらいしかできなくてごめんね」
「……また言った。もう“ごめん”はいらない。僕は今、“ありがとう”を伝えたんだから、それをそのまま受け取って?」
あ……また言っちゃった。
そうだよね。
だけど……結局材料費は全部薫くんのお金だ。どうしても後ろめたさを感じてしまう。
「……」
「だったらさ、僕にプレゼントをちょうだい?」
「……プレゼント……?」
「そ。僕のほっぺにキスをして?」
……私が……?
それに、そんなことがプレゼントになるの?
「はい。ここにちゅっとして?」
薫くんは右頬を私に差し出すようにすると、催促するかのように、自分の頬を人差し指でトントンとしていた。
私は薫くんにゆっくりと近づくと、差し出された右頬に顔を近づけ──
そっと唇で触れた。




