82 人付き合い
今日は料理教室の日だ。
私は時間になると家を出て、軽やかな気持ちで駅へと向かった。
今回もまた、グループレッスンだ。ひとテーブルに4人ずつで、知っている人は誰もいなかった。他のテーブルには、この前一緒だった人がいた。
「初めまして。ホンダです」
同じグループの、隣に座っていた40代くらいの女性が、そう声をかけてくれた。
「初めまして。藤崎です」
私もそうやって自己紹介をした。
先生の話を聞き、そのあと調理に移ると、ホンダさんが話しかけてきた。
「お若く見えるけど、おいくつなの?」
「18歳です」
「え?高校生?……は、今頃授業か。ってことは、大学生?」
「いえ……」
周りからは食材を切る音や、和気あいあいとした、楽しそうな会話が聞こえてきた。
「それじゃあ、就職を選んだの?」
「……」
この前と違う。
この前は、みんなそんな深い会話はしなかった。当たり障りのない会話ばかりだった。
会話の話題は、今から作る料理の工程や、食材の切り方はこれで良かったのかの確認。そんな感じだったのに……この“ホンダさんと”いう女性は、私のことを根掘り葉掘りと聞いてきた。
「いえ……」
“就職を選んだの?”という、ホンダさんからの質問に、私はそう答えた。
「え?それなら藤崎さんは毎日、何をしてるの?アルバイト?」
こんなに聞かれるものなの?
それが普通なの?
「……」
「アルバイトもしてないの?それならこんなところに通ってる場合じゃないんじゃない?」
「……」
「ご両親はそれを許してるの?まぁ……許してるから今ここにいるのよね」
私、今……
バカにされてる?
「ちゃんと将来のことを考えてる?親はいつまでも生きていないんだからね?」
そんなこと……知ってるよ。
ママはもういないんだから。
それにパパだって……私は二度と会うつもりはない。
それからもホンダさんは、色々と私に聞いてきた。
その時、薫くんの言葉を思い出していた。
“本人に悪気がなくても、ずけずけとものを言ってくる人もいる”
この人は、きっとそんな感じの人なんだろうと思った。
私は……ホンダさんからの質問にぽつりぽつりと答えていた。
薫くんからは、“答えたくないことは、答えなくていい”と言われていたけど、いざそうなると、それを回避する術が何も思いつかず、その場をやり過ごすために、私は言える範囲のことを話した。
「結婚する予定があって、通ってるの?」
「いえ……」
「……ふーん……箱入り娘さんなのね」
箱入り娘……。
やっぱりこの人……私のことをバカにしてるんだ……。
何も知らないって……。
私はバカだって……。
それでもなんとかやり過ごし、レッスンの時間が終わった。
帰るために荷物をまとめていると、声を掛けられた。
「藤崎さんっ」
私を呼び止めた人は、この前グループレッスンで一緒だったタナカさんだった。
「ちょっといい?」
「はい……」
タナカさんは心配そうな顔をしていた。
「あの人ね?ホンダさん。いつもあんな感じだから気にしないで?」
「……」
「新しく入ってきた人に、色々聞いてくるの。私の時もそうだった」
「……」
「藤崎さん、ホンダさんからの質問に素直に答えてたでしょ?」
私はそれを聞いて、静かに頷いた。
「いいんだよ?答えたくないことは答えなくて。嘘を言ったって別にいいし。どうせこの場だけの関係なんだから」
嘘を……?
「藤崎さんって、なんだか素直そうな気がして、心配になっちゃったんだよね。ごめんね?お節介だよね?だけどね、まだ若いからわからないのかもしれないけど、いいの。あんなに正直に答えなくたって。あの人はただ、ああいう人なだけ。そういう人は、あしらっていいから」
タナカさんのその言葉に、私は涙を流してしまった。
さっきまでずっと、責められていたような気がして……自分を否定されているように感じて……
それでなんだか……薫くんに負担をかけている様に感じてしまって、とても苦しかった。
何もしていない私は、やっぱり薫くんに頼り切りなんだ。
ホンダさんの言葉が、その現実を突きつけてくるようだった。
私はやっぱり……“お荷物”なのだと。
そう思うと、気持ちがズンと沈んでいた。
だけどタナカさんが、教えてくれた。励ましてくれた。
「嫌だったよね?あんな質問攻め。気にしなくていいからね?」
タナカさんは本当にいい人で、私のことを励まし続けてくれた。
なのに……ホンダさんの言葉を思い出すたびに、やっぱり私は落ち込んでしまった。
家に帰り、ひと息つくと、改めて人付き合いの難しさを痛感していた。
こんな私に、アルバイトなんて本当にできるのかな……。
夜になり、薫くんが帰ってきた。
「なに?どうしたの?」
普通を装っていたつもりなのに、薫くんはすぐに私の異変に気がついた。
顔に出てたのかな……。
言いたくないな。
薫くんに心配をかけたくない。
それに……私はまた、嫌な自分になってる。卑屈になってる。
「葵ちゃん?話して?」
「あの……」
「うん」
「今日も、色んなコツを教えてもらえたよ」
帰ってきたばかりの薫くんは、まだ手も洗っていない。本当に、帰ってきてすぐに、私の心配をしていた。
「……それで?何があったの?」
「今は……話したくない」
私がそう言うと、薫くんは短く息を吐いた。
「シャワー浴びてくるから、あとで話を聞かせて?僕はそんな顔の葵ちゃんを放っておけない。葵ちゃん、今、前みたいな顔をしてるよ?自信がなくて、自分を責めているような、そんな顔」
「……」
「ね?だから、あとでちゃんと話して?」
薫くんの、その優しい声だけで、また涙が出そうになってしまった。




