80 同じ
信じられない……。
私と薫くんが両想い……?
気持ちがふわふわとして、胸がいっぱいで、頭がぼうっとする。
薫くんは今、シャワーを浴びに行っていた。
私はソファに座りながら、ひとりで考え込んでいた。
恋人同士……に、なったってことでいいのかな?
でも薫くんは“いつも通り”だと、さっき言っていた。
……あれ?それってどういうこと?
もしかして私、すごい勘違いをしてる?
いや……でも……薫くんも好きだと言ってくれてたし……。
“僕は好きだよ。葵ちゃんのこと”
さっき薫くんが言ってくれた言葉を思い出した。
大丈夫だよね?そういう意味だよね?
恋愛経験がゼロの私には、わからないことだらけだった。
今まで見てきたアニメなんかは、“好きです。付き合ってください”……そんな感じなものが多かった。“付き合う”というワードが、セットになっていることが多かったように思う。
だけどさっき、私たちはそんな会話をしていない。
あれ?
これってどういう状況……?
そんなことを考えていると、薫くんがシャワーから出てきて、私の隣に座った。
「葵ちゃん」
「はい」
「少しは落ち着いた?」
「うん……」
私たちは、恋人同士なの?
そう聞きたかったけど、私の勘違いだったら恥ずかしいから、そんなことは聞けなかった。
「考えたんだけどさ、今って、“スキマバイト”とかあるでしょ?習い事に慣れてきたら、いきなり面接に行って、アルバイトを始めるよりも、単発で数時間、スキマバイトをしてみるのもいいんじゃないかって思ったんだ」
私はまだ、さっきの余韻を引きずっていたのに、薫くんは私のアルバイトのことを考えてくれていた。
この温度差に、少しだけ恥ずかしさを感じてしまった。
私だけ……こんなに浮かれて、胸がドキドキとして、頭の中がそればかりになって……
やっぱり薫くんは大人だ。
それもそうだ。私よりも9つも年上だ。
恋愛経験も豊富かもしれない。
それに……
“体の関係まであったのに?”
いつか聞いた、そんな言葉を思い出した。おそらく、薫くんが付き合っていた恋人からのそんな言葉……。
それを思い出すと、少しだけ胸がチクリと痛んだ。
あの人……綺麗だったな……。
大人っぽくて、おしゃれで、近づいたらきっと、いい匂いがするような女性。
「葵ちゃん?どうしたの?」
「……ううん」
「ただの僕の考えだから、葵ちゃんがそうしたくないなら、しなくていいんだよ?僕はスキマバイトをしたことがないから、実際にどんなものかもわからないし。ただ、葵ちゃんにとってはいいのかなって思っただけだから」
薫くんを見てみると、少し心配しているような表情だった。
「すごくいいと思う」
「……本当にそう思ってる?」
思ってる。私も夕方のニュースで、“スキマバイト”のことを知ったから、興味を持っていた。
「うん。色々と考えてくれて、ありがとね」
「……どうしたの?なんでそんなに不安そうにしてるの?」
私はまた、“嫌な自分”が出てきてしまっていた。さっきまでは心臓が壊れそうなほどにドキドキとし、ふわふわとした気持ちになっていたのに……。
薫くんの元恋人のことを思い出して、心がズンと沈んでしまった。
「なに?話して?」
「ううん。なんでもないよ?」
「もう前とは関係が変わったんだよ?これから僕は、恋人としても葵ちゃんのことを支えていきたい。葵ちゃんの力になりたい。不安があるなら取り除いてあげたいし、辛いことがあったなら、一緒に受け止めたり、できるだけそれを軽いものにしてあげたい」
……今……“恋人として”って……
「ね?だから、不安なことがあるなら、ちゃんと教えて?」
心がじんわりと温かくなった。
私と薫くんは……恋人同士なんだ……。
「ううん。本当に大丈夫。ありがとう」
私はソファの上で両膝を抱え込むと、俯きながらそう言った。
たぶん今、照れた顔をしている。それを隠したかった。
薫くんには、私が照れていることがお見通しだったようで、「ふふっ」という、笑い声が耳に届いた。
「大丈夫ならよかった。本当に、僕に遠慮しないで、なんでも相談してね?」
薫くんはそう言いながら、私の頭を撫でてくれた。
「うん。そうする。ありがとう」
それから私たちは少しだけ会話を重ねると、寝るためにベッドへと向かった。
いつもだったら、私は薫くんの方を向き、そっとくっついていた。
だけど、今日は意識してしまって、それができなかった。
「今日はくっついてこないの?」
薫くんがそう聞いてきた。
「……なんか……緊張しちゃって……」
「ははっ。別に変に意識しなくていいのに。いつも通りに」
いつも通りに……
「葵ちゃんがくっついてこないなら、僕からくっついちゃおっ」
薫くんはお茶目にそう言うと、私のことを抱き寄せた。
だめ……
ドキドキする……。
こうされることは初めてではないのに。
想いが通じ合ったと意識するだけで、ハグがこんなにも違う意味になるだなんて……。
「……葵ちゃん。僕、葵ちゃんのことを大切に思ってるから」
さっきとは違い、薫くんの真剣な声が耳元に届いた。
「中途半端な気持ちじゃないから」
薫くんは続けてそう言ってくれた。
私も薫くんの背中に腕を回した。
「私も……同じ」
「……うん。嬉しい。僕たちは僕たちのペースでゆっくりと進めていこう?だから、変に意識しないで?僕は葵ちゃんが嫌がるようなことは絶対にしないから」
「うん……」
いつもそうだ。
薫くんはいつも、私の気持ちを優先してくれる。
「私ばっかり……」
「ん?」
「……私ばっかり……ドキドキしてる……」
私がそう言うと、薫くんは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
それから私の手を握り、薫くんの胸に押し当てるようにした。
「……わかる?」
手のひらに、薫くんの鼓動を感じた。
「僕も同じだから」
「……」
「……僕も……葵ちゃんと同じだから」




