7 嘘
結城さんから誘われてから、私たちはまた連絡を取り合うようになっていた。今はこんな感じで、メッセージのやり取りをしていた。
『具合はどう?』
『今は平気です』
『敬語やめない?文字を打つの大変でしょ?』
『別に平気です』
『ううん。今から敬語禁止ね。僕のことも名前で呼んで?』
名前……
そんなの無理だよ……。
私が返信に迷っていると、追加でメッセージが届いた。
『葵ちゃん?』
そんなこと言われたって……
『ほら。僕のこと、名前で呼んで?』
これ以上近づきたくないのに……
そう思いながらも、私はスマホにタップしていた。
『薫くん』
『うん。ありがと。もう既読スルーしないでね』
『はい』
『敬語やめて?』
時間はお昼頃だった。
私が返信に困っていると、結城さんから着信があった。
ドキッとした。
思わずつけていたテレビの音量を下げる。
どうしよう……
出た方がいいよね……?
私はひとりきりのリビングで、静かに慌てていた。
意を決して通話ボタンをスライドし、スマホを耳に当てる。
「はい……」
『本当に体調は大丈夫?』
「大丈夫です」
『敬語やめて?』
「……」
急にそんなこと言われても……
『葵ちゃん?』
「……急には……」
『少しずつでいいから。メッセージも敬語だと打つの面倒でしょ?』
別に……そんなことないのに。
それから結城さん……いや……薫くんにとっては、空白の5日間の話を聞かれた。私が気持ち悪くなって寝込んでいた時のことを。
やっぱり薫くんは、私の病気のことが知りたいだけなんだ。
勘違いしちゃだめ。
期待しちゃだめ……。
しばらくは体調がよかった。
薫くんとは毎日連絡を取っていた。
3日後にドライブをしたり、少し散歩をしたりして、休憩がてらカフェに行くことになった。
パパにはなんて言おう。私には友達がひとりもいないことはパパも知っている。スーパーにはちょこちょこひとりで行ってる。たまに図書館にも。
あ……だったら……
そんなことを考えていたらパパが帰ってきた。パパはすぐに、夜ごはんを作っている私にハグをした。
「今日はずっと調子がよかったんだね?」
「うん」
「よかった」
「……あのね?今度図書館に行こうと思ってて。いい?」
「いつもの図書館?」
「うん」
「体調がよかったら、別にいいよ」
よかった……。
でも……今までパパに嘘なんてついたことがなかったから、罪悪感を覚えた。
仕方ないよね?
「来年になれば、葵も18歳になるね」
18歳か……。
同い年の子たちは、今頃どんなふうに過ごしているんだろう。受験勉強?
「葵、こっち向いて?」
私はパパに言われた通り、向かい合うようにした。
「うん。顔色いいね。葵もハグして?」
それも言われた通りにした。
温めていた味噌汁が、沸騰する音が聞こえ、私は慌ててパパから離れると、コンロの火を消した。
薫くんと会う日がきた。
期待しちゃだめ……だなんて思いながらも、私は今できる精一杯のお洒落をしてから、待ち合わせ場所に向かった。
暑い……。
こんな暑い中を、蝉は元気に鳴いていた。
「葵ちゃん」
後ろから薫くんの声が聞こえ、振り向いた。そこには優しく微笑む薫くんがいた。
「すみません。お待たせしちゃって」
私はハンカチで額の汗を拭きながらそう言った。
「暑いよね。早く車に乗ろ?今涼しくなってるから」
薫くんは私の手を握ると、歩きだした。
……手……。
なんで……。
私は握られた手をじっと見ていた。そんな私に気づいた薫くんはこう言った。
「急にめまいを起こして、転んじゃったら大変だからね」
あー……そういうことか……。
男の人と手を繋ぐのは初めてで、心臓がドクドクと波打ち、さっきまでうるさく鳴いていた蝉の声なんて、もう耳には届いていなかった。
車に乗り込むと、薫くんが言った通り車内はとても涼しかった。
「今日は一気に気温が上がっちゃったから、散歩はやめて、ドライブしてからカフェに行こう?」
「はい」
こうやってパパ以外とドライブをするのも初めてだ。なにを話せばいいんだろう。パパとだったら雫ちゃんの話とか、スーパーでお得に買い物ができた話、勉強をして面白いと思ったこと、そんな話をしていた。
だけど……薫くん相手だと、何を話していいのかがわからなかった。
「葵ちゃん」
「はい」
「今度さ、今飲んでる薬を写真に撮って、僕に送ってくれない?」
「え?」
「だめかな?」
やっぱり……
薫くんは、私にではなく、原因不明の名前のないこの病気に興味があるんだ。
「……いつも父の目の前でお薬を飲むので、写真なんて撮ったら、きっと“なんで?”って言われると思います。そうなったら、私は言い訳ができません」
私がそう言うと、薫くんは黙った。チラッと薫くんの方を見てみると、眉間に皺を寄せ、何か考えているようだった。
「薬はどこに置いてあるの?」
「わからないです」
「……わからない?」
「はい。父が管理してるんで」
そんなに気になるならパパに聞けばいいのに。
子どもの頃からずっと、薬の管理はパパがしていた。だから自分が何を飲んでるかだなんて、全く気にしたことはない。
「薬は1日に何回飲んでるの?」
「朝と夜です」
「……その薬さ、飲まないで僕に見せてくれない?」
なんでそこまで……
私はさっきと同じことを言った。いつもパパの目の前で飲んでるから無理だと。すると、飲むタイミングで、僕のスマホにワンコールしてと言ってきた。できれば夜のタイミングで……と。「そうしてくれたら、そのタイミングで僕が院長に電話をかけるから、その時にこっそりと薬を隠して飲んだふりをして?」と、そう言ってきた。
「……でも、お薬はちゃんと飲まないと……」
赤信号で止まった車内は静かだった。
薫くんは真っ直ぐに私を見つめた。
「大丈夫。僕を信じて?」




