6 温もり
あれから、結城さんから連絡がきても、私は返事をする気分になれなかった。だからメッセージがきても、スタンプのみを返していた。ほとんど生存確認みたいなやり取りだ。
『おはよう。今日の気分はどう?』
それに私は“グッド”スタンプを返す。体調が悪かったとしても、“グッド”で返す。電話には出ない。本音が漏れてしまいそうだったから。
また……結城さんから着信があった。
私はそれに出なかった。
するとすぐにメッセージが届いた。
『お願い。電話に出て?葵ちゃんの声が聞きたい』
そのメッセージにも、返事をしなかった。
結城さんからの連絡の頻度は減っていたけど、途切れることはなかった。
気がつけば梅雨は明け、初夏が来た。
私の気持ちとは裏腹に、眩しい太陽が容赦なく照りつける季節。
そんな中、私はパパと買い物に来ていた。いつものショッピングモールだ。
学生はすでに夏休みに入っている時期だから、同年代のグループや、カップルなんかも目についた。
いいな……。
私はまたそんなことを思っていた。
みんな楽しそう。
友達と遊んで、彼氏と遊んで、青春して……。
私には青春なんてものはひとつもない。
なんか嫌だ……。
私……どんどん捻くれてる。
前までは、優しくて大好きなパパがそばにいるだけで十分だったのに。なのになんで今はこんなに……。
今までだって、同年代の子を羨ましいと思うことはたくさんあった。
だけど……
ああ……
恋をしてしまったから……。
しかも少しそれを楽しんでしまったから……。
だから私は余計に苦しんでるんだ。
あの甘酸っぱさを感じてしまったから。あのドキドキや、だめだとわかっていながらも、少し期待しちゃう感じ……。
それを知ってしまったから。
だけど、この前具合が悪くなった時に、私にはそんな未来はないと、思い知らされたんだ。
「たっくんっ。次あのお店見てみよっ」
「いいよ。ユナが好きそうな店だもんな」
近くにいた同年代のカップルの会話が聞こえてきた。
胸が……苦しくなる。
やめてよ。
私にそんな会話や……そんな姿を見せつけないで……。
「葵。また葵に似合いそうなワンピースがあったよ」
パパはそう言いながら、お店の入り口に設置されていたマネキンを指差した。
あ……
これもなんだか、ママが着ていたやつに似ている。
私はマネキンの隣に設置されていたラックから、そのワンピースを手に取ると、自分に当てて鏡で見てみた。
「ほら。よく似合ってるよ。これ買っていこうか」
「うん……」
鏡の中に映る私は、写真で見たママにそっくりだった。
診察の日。
私は久々に結城さんの姿を見た。
最悪……。
会いたくなかったのに……。
結城さんは私の前に立つと、話しかけてきた。
「久しぶり。葵ちゃん」
「……はい……」
「最近はどう?」
いつも通り、優しく柔らかい雰囲気の結城さん。
私はまともにメッセージの返事をしてないのに。電話にも出ていないのに……結城さんは前と変わらず、私に優しく接してくれた。
……大人だ。
結城さんは……私とは違っていつも通り……。
そんな結城さんの態度と比べると、なんて自分は子どもっぽいのだろうと思い、恥ずかしくなった。
「……葵ちゃん。今度僕と、カフェにでも行かない?散歩でもいいし。とにかく一度、ゆっくり葵ちゃんと話がしたいんだ」
正直……
嬉しい。
だけど、いつ具合が悪くなるかなんてわからない。
最近の私は、ひとりで出歩くことがめっきりと減った。それはこの前のめまいが原因だ。
前までの私なら、結構ひとりで買い物に行ったりもしていた。近場だけど。それに下着を買う時だけは、ひとりが良かったから……。
でも今は、前のことがトラウマになり、スーパーくらいしか行かなくなっていた。
またあんな感じになったら嫌だ。
吐いてるところなんて、結城さんに見られたくない。
「……ごめんなさい」
「……なんで?ただ散歩するだけでも嫌?」
「……迷惑……かけるかもしれないんで……」
そうやって結城さんと話していると、また前のように診察室から子どもの泣き声が聞こえてきた。
また……注射だろうか……。
「葵ちゃん」
その声で意識がまた、結城さんに戻った。
「なんで……」
「ん?」
「なんでそんなに気にかけてくださるんですか?」
結城さんも、医者の卵だから、私の症例にただ興味があるだけなんだろう。
「葵ちゃんが心配だから」
ほらね。
「大丈夫です」
「たまには息抜きしようよ」
「……結構です。私は別に、息が詰まっているわけではないので」
なんか……
どんどん自分の性格が悪くなっているように感じた。
胸が……痛い……。
今にも泣き出してしまいそうだった。
「なんでそんなに、僕のことを避けるの?」
……好きだから……。
結城さんは私の目の前にしゃがんだ。そうすると、受付の人からは見えない。
今……
結城さんが私の手を握っていることが。
結城さんはずっと小声で私に話しかけていた。
「葵ちゃん。僕は葵ちゃんの力になりたい」
そんな感じのことを言われたけど、私の神経はもう、握られた手に集中されていて、それどころではなかった。
結城さんの手は、とても温かかった。
「ね?今度僕と、ゆっくりお話ししよう?」
気が付けば私は、小さく頷いていた。
……ダメだと思っていたのに……。




