64 お買い物
次の日、私たちは支度を済ませると、二人で同じ香水をつけてから家を出て、車に乗り込んだ。
街に着くと、最初に向かったのはモバイルショップだった。無事にSIMカードを購入すると、次はショッピングビルへと向かった。
日曜日だから、周りには家族連れやカップルなどが多く、とても賑わっていた。
いつものように薫くんと手を繋ぎながら、歩いていると、急に繋いでいる手を引っ張られた。
「葵ちゃんっ、あのお店見てみよう?葵ちゃんに似合いそうな服がたくさんあるよ?」
「私はいい。大丈夫だから」
「そんなこと言わないでさ、せっかく来たんだから、色々見て回ろうよ」
薫くんは楽しそうにしていた。
連れて来られたお店は、私が買ったことのあるお店だった。
「ほら、これなんか似合いそう」
薫くんはそう言いながら、ハンガーに吊されたスカートを、私に合わすようにしていた。
「やっぱり似合う。鏡で見てごらん?」
言われるがままに、私は鏡を見てみた。
……このスカートかわいい……。
「どう?葵ちゃんの好み?」
「うん」
「じゃあそれ買おう?あとは……トップスとかも欲しいよね?それからワンピースなんかも」
「そんなにいらないよ」
「遠慮しないで?それに僕がそうしたいの」
薫くんは次々と洋服を手に取り、私に合わせていた。
「んー、これもいいけど、さっきのも捨てがたいな。葵ちゃんはどっちが好み?」
選べないほど、どちらも可愛かった。
「迷う……」
「だよね。じゃあ両方買っちゃおっか」
私は薫くんの腕を掴み、首を横に振りながら「両方はいらない。どっちかでいい」と伝えた。
「似た系統ならそうだけど、これ、色もデザインも全然違うよ?だったら2着あっても困らないでしょ?」
そういうことじゃなくて……
1着だけでもありがたいのに……。
お買い物バッグの中には、すでに4着ほど入っていた。
「もういいよ。十分だよ」
「……葵ちゃん」
「はい」
「葵ちゃんはさ、昨日、“スーパーくらいにしか行かないから”って言ってたよね?」
「うん」
「だから洋服はいらないって」
確かにそう言った。
「そんなことないよ?これから僕と、たくさんお出かけするよ?それに、いつか働くことになったら、洋服が必要になるでしょ?」
薫くんは本当に、私が働けると思ってるんだ……あの時、気休めでそう言ったわけじゃないんだ。
「あ、もちろん今すぐじゃないよ?今はまだ、僕が葵ちゃんの体調を確認してる状況だし、検査結果待ちでもあるからね」
「それじゃあ、結果次第では、働けないの?」
「ううん。何か葵ちゃんに合う仕事があるはずだよ?僕も一緒に考えたり、探したりするから。それと、もうそういうこと考えるの禁止。今日は楽しむ日なんだから」
薫くんはそう言いながら、さっき迷っていた2着を、お買い物バッグに入れ、「ちょっとここで待っててね」と言い、レジに向かっていた。
すると、同年代らしき女の子の二人組が、小声で話してるのが耳に届いた。
「ねぇ見た?今の」
「見た見た。すっごく羨ましい。彼女に服を選んで、更にはあんなにサラッとお会計しに行っちゃうだなんて」
「ねーっ。めっちゃいい彼氏じゃん」
「しかも何着も入ってたよ?バッグの中に」
「それも見てた。いいなぁ。紳士的で優しい彼氏。私もあんなふうに愛されてみたぁい」
「ホントだよね。ずっと優しい顔で、彼女のこと見てたもんね」
これって……私たちのことだよね?薫くんのことを話してるんだよね?
私は急に顔が熱くなるのを感じた。
薫くんのことを見て、そんなふうに思うんだ……。
紳士的で優しい彼氏……。
それに……愛されてって……。
薫くんは別に、私のことが好きで優しくしてくれているわけではない。根っから優しい人なんだ。
町のお医者さんになりたいのも、患者さんに寄り添うため。パパのところに勉強しにくるのも、パパが患者さんと、どう接しているのかを学ぶため。全て人のため。
「お待たせ」
「ううん。ありがとね。こんなに買ってもらっちゃって……」
「僕が買いたかったの。どれも葵ちゃんに似合うと思ったから」
すると、小さく「きゃーっ」という歓声が聞こえてきた。声のする方を見てみると、さっきよりも近くに、あの女の子たちがいた。
薫くんの言葉に、そんな歓声をあげたのかな?
私は急に、恥ずかしくなった。
「どうしたの?顔が赤いよ?具合悪くなっちゃった?」
そう言いながら、薫くんは私のおでこに手を当てた。
「……熱はないみたいだね。めまいはする?」
そんなんじゃないから大丈夫。
「葵ちゃん?」
「大丈夫」
「本当?少し休憩する?」
「ううん。本当に大丈夫」
薫くんは、少し心配したような顔をしていたけど、私の手を取り歩き始めた。
私は今まで恋バナなんてしたことがないし、友達と買い物をしたこともない。だからあの女の子たちみたいな会話をしたことも、もちろんない。
パパと買い物に来た時に、カップルを見ては羨んだ。だけど、それはただ本当に恋人というものに憧れていただけだ。
あの子たちみたいに、具体的になになにが羨ましいとかは思ったことがなかった。
私は経験が色々と少なすぎる。
普通がわからない。
世の中は優しい人ばかりではない。
だけど薫くんは、こうやって私を気にかけてくれて、保護してくれて、いつも優しくて、励ましてくれて……素敵な男性だ。
薫くんは……すごい人なのかも……。
ああやって、女の子たちが羨んでるんだもん。
私は……そんな人を好きになっちゃったのか……。
ってことは、ライバルがたくさんいるかもしれないの?
いやいやいや。
そもそも私は……そんなライバルたちとは肩を並べることすらできない。
なんだかそう思うと悲しくなり、私は握られた手を、ぎゅっと握り返した。




