60 間違ってないよ
薫くんが休みの日、お昼を食べ終わると、真剣なトーンで話し始めた。
「結局聞くのが遅くなっちゃったけど、教えてほしい。お父さんと、どんなふうに暮らしていたのか」
きた……。
前に薫くんは、私に色々と聞きたいことがあると言っていた。
どんなふうに暮らしていた、か……。
私は大体の1日の流れを伝えた。
「そっか。その生活の中で、何か違和感を覚えたことはあった?」
あった……けど……
「ただの思春期とか、反抗期かもしれない」
「ん?何が?」
「……違和感……」
「いいよ?何でもいいから話して?」
私はある時から、パパがハグをするようになったことを話した。
「……小さい時から、今までずっとそれが続いてたんじゃなくて、急に?」
「……うん」
それから、お風呂でのぼせて、脱衣所でうずくまった時のことも話した。
「……大丈夫だって言ったのに、強引に入ってきたんだね?」
私は頷いて返事をした。
「それで体を拭かれて……葵ちゃんはその時どう思ったの?」
「……嫌だった。だけど、パパはただ、私のことを心配して……」
「まぁ……確かにね。他には?」
他は……言いたくない。
「葵ちゃん」
「はい」
「ごめんね?でも今回は話しづらいことも、全部教えてほしいんだ」
薫くんが真剣な顔をしていたから、私は自分で買った下着を、パパの目の前で着替えさせられたことを話した。
すると、薫くんの顔が険しいものになった。
今はこちらを向いていない。ソファの隣に座る薫くんは自分のそれぞれの膝に肘をつき、両手を組んで、その上に顎を乗せていた。目線は少し下を見ていた。
その横顔からでも、“険しい表情”をしていることがわかった。
「目の前で着替えたってことは、裸になったの?」
「……うん」
「その時はどうだった?どう思った?」
私はソファの上に脚を上げ、両膝を抱えた。
思い出しただけでも背中がゾワゾワとする。
私が何も言わないでいると、薫くんは横からそっと抱きしめてくれた。そうされると、さっき感じたゾワゾワ感が、少し和らいだ。
「嫌だった。体がゾワゾワとして、気持ち悪かった」
それからも、私は話し続けた。
クリスマスプレゼントが下着だったこと。またそれを目の前で着替えさせられたこと。何回かお風呂に一緒に入ったこと。パパの“あの目”のこと。ママにそっくりだと言われたこと。私を見て、うっとりとした表情をしたことがあったこと……。
私が今まで感じてきた“違和感”を、全て薫くんに話した。
薫くんは、私が話終わると背中をさすってくれた。それはたぶん、私が泣きながら話していたから。
「ありがとう。よく話してくれたね」
しばらくの間、薫くんは抱きしめ続けてくれた。
それからそっと離れると、私の涙を拭ってくれた。
「葵ちゃんのその感覚は間違ってないよ」
だけど、雫ちゃんは普通だって……
だから私はその話もした。ハグや裸の話。“家族”なんだから別に普通のことだと言っていたことを。
「あの人が?」
薫くんと雫ちゃんは面識がある。
「うん。だから、私が変に意識してるだけなのかと……」
「ううん。そんなことない。他には、その人から何か言われた?」
部屋の中はとても静かだった。
窓の外からは、鳥の声が聞こえていた。
一見、穏やかな休日のような雰囲気だけど、雫ちゃんの、あの気持ち悪い笑顔を思い出し、また身体中がゾクゾクとした。
私は雫ちゃんが言っていたことを、思い出しながら伝えた。親子で愛し合う人たちがいると話していたこと。私にそれを勧めるようなことを言っていたことなどを。
今度は、私の顔を見ながら話を聞いていた薫くんの表情は、完全に歪んでいた。
「そんな話……でたらめだ。確かに世の中のどこかには、そんな人たちがいるかもしれない。だけど……」
薫くんは、ため息をつきながら片膝に肘をつき、頭を支えるようにしていた。
「……よかった……本当にそうなる前に、葵ちゃんを逃すことができて……」
私……嘘を吹き込まれてたの……?
「そもそも人間はね、そんな“間違い”が起きないようになってるんだよ。遺伝子が近いもの同士でそんなことが起きないように」
……“間違い”……そうなんだ……。
「葵ちゃんがあの時、“助けて”って言ってくれてよかった」
薫くんは私の目をじっと見て、そう言ってくれた。止まっていたはずの涙が、また出てきてしまった。
「ありがとう……薫くん……」
薫くんは私を抱き寄せると、涙が落ち着くまで、ずっと抱きしめてくれていた。
気がつけば私は、そのまま眠ってしまったらしく、次に目を覚ますとソファで横になっていた。薫くんはソファの下に座り、教科書のような物を読んでいるようだった。
「ごめん。寝ちゃった」
私がそう声をかけると、薫くんは振り向いた。その顔はさっきと違って、とても穏やかだった。
「ううん。いいよ。きっと泣き疲れちゃったんだね」
泣き疲れちゃったって……なんだか子どもみたいだけど、本当にそうなのかもしれない。薫くんに話したことによって、心が軽くなった。薫くんから、私の“感覚は間違ってない”と言われ、その言葉も私を安心させてくれた。
時間を確認すると、15時になろうとしていた。
今日は薫くんが家にいる。
それだけで部屋が明るく、心までもが温かく感じた。
「スーパーにでも行く?それともホームセンターの方がいい?」
薫くんはそう聞いてきた。
「両方……」
「ははっ。いいよ。それじゃあ両方行こっか」
私たちは支度を済ませて家を出ると、どちらからともなく手を繋ぎ、歩き始めた。
まだ寒い季節だけど、今までで1番心が軽く、繋がれた手からは温かさを感じ、一気に世界が明るくなったように感じた。




