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お薬飲もうね─ 父の狂った愛と、優しい彼の本音─  作者: ことりおと


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59 寂しい


 薫くんは冬の空気を纏って帰ってきた。服は冷たく、ひんやりとしていた。


 なのに……なんでこんなにも温かく感じるのだろう。


 薫くんは、私のことをそっと抱きしめてくれた。


「……寂しかったの?」

「……」

「香水の匂いがするよ?」


 また……ぬいぐるみから匂いが移ったんだ。


「うん」

「まだ不安だらけだよね?ごめんね?昨日うちに来たばかりなのに、ほっといちゃって」

「ううん。大丈夫」


 私は薫くんから離れ、右手で薫くんの左頬にそっと触れた。


 冷たい……。


 薫くんは驚いたように、目を見開いていた。


「……なに…?」


 あ……私……なんてことを……。


「ごめんなさいっ」


 私はすぐに手を引っ込め、薫くんに背を向けた。


 なんで私……あんなこと……。


 すると、今度は薫くんの方から抱きしめてくれた。


「なんで謝るの?」

「……勝手に触っちゃったから……」

「別にいいよ?」

「でもさっきの薫くん……」


 驚いた顔してた。


「ううん。葵ちゃんからああやって触れられるのが初めてだったから、少し驚いただけ。別に嫌じゃないよ?」


 本当に?


「冷えてたから……」

「ん?」

「薫くん……冷えてたから……」

「うん。寒かった」


 しばらく静かな時間が流れた。その間、お互いに言葉は交わさなかった。


 なのに……


 それは心地のいい時間だった。


 しばらくしてから、私たちはリビングへと向かった。


 荷物を置いた薫くんは、次にキッチンに向かうと、コンビニ袋の中から、500mlの水のペットボトルを取り出し、冷蔵庫の中に入れようとしていた。


「このタッパーなに?」

「あ、少しだけ作り置きを用意したの」


 薫くんはタッパーを手に取ると、中を見ていた。


「美味しそう……」

「お腹減ってるの?」

「少し。カップラーメン買ってきたんだけど……これも食べたい。いや、でもご飯が炊けるまで時間がかかるしな」

「それを具に、おにぎり作ろうか?今日、ご飯を炊いて、冷凍したものがあるから」


 私がそう言うと、薫くんは目を輝かせた。


「いいの?」

「温めて握るだけだし」


 薫くんは本当に嬉しそうにしていた。たった“おにぎり”ひとつで……。


 冷凍庫を開け、ご飯を取り出すと、それをレンジの中に入れて温めた。そうしている間に、薫くんはシャワーを浴びに行った。


 2種のおにぎりに海苔を巻き、今日買ってきたお椀に直接、味噌や出汁の素、小ネギやわかめを入れ、薫くんが出てきたタイミングでお湯を注いだ。即席味噌汁の完成だ。


 キッチンのカウンターにそれらを並べると、薫くんはまた目を輝かせた。


「いただきます」

「どうぞ」


 薫くんが私の料理を食べるのは初めてではないけど、少し緊張した。


 薫くんはまず、味噌汁を口にした。


「美味しいっ」

「よかった。即席で作ったやつなんだけどね」

「ん?インスタント?」

「ううん。インスタントではないけど──」


 私は説明をした。


 すると薫くんは目を丸くして、驚いていた。


「それでこんなに美味しいものができるんだ……」


 次におにぎりを口に運ぶと、それも美味しいと言って、喜んでくれた。


「コンビニのおにぎりとは、全然違うね」


 そのひと言がとても嬉しかった。


 薫くんは、あっという間に完食していた。


「足りなかった?」

「ううん。ちょうどよかったよ」


 私は空になった食器を下げると、それを洗い始めた。


「いいよいいよ。僕が洗うから」

「もう洗っちゃってるから」

「ありがとね」


 このあと、色々聞かれるのかな?薫くんは昨日、私に聞きたいことがあると言っていた。


 時間を確認すると23時20分。この時間なら、今日はもう、その話はしないかな?


 薫くんはデスクに向かうと、ノートPCの電源を入れ、リュックから教科書のような物を取り出し、イスに座った。


 また勉強するんだ……。


「葵ちゃんはもう寝るでしょ?」

「……うん」


 せっかく薫くんが帰ってきたのに、あまり話せなかった。


 私は寝室に向かい、薫くんに“おやすみ”と伝えると、ドアを3分の1だけ開けて、ベッドに潜り込んだ。


 もう……私のばか。


 薫くんはただ、私を保護してくれているだけなのに。少しだけ甘い生活を夢見てしまった。


 ゆっくりと目をつむり、眠りにつく。


 その夜、次に目を覚ますと、私は汗をびっしょりとかいていた。内容は覚えていない。だけど……またパパが出てきたような気がする。


 スマホで時間を確認すると、夜中の3時。


 少しだけ隣をスマホで照らしてみると、誰もいない。ドアの隙間から漏れる光もない。

 

 スマホのフラッシュライトをつけると、足元を照らしながら、リビングに向かった。薫くんは何も掛けずにソファで眠っていた。


 暖房はついたままだったけど、風邪をひいたら大変だと思い、寝室に毛布を取りに行くと、薫くんにそっと掛けた。

 

 それから私は床に座ると、ソファを背もたれにし、ぬいぐるみを抱きながら、また眠りについた。




「葵ちゃんっ」


 薫くんのその声で目が覚めた。


 私はいつの間にか、座る体勢から寝転がる体勢になっていた。ゆっくりと起き上がる。


「具合が悪くて、倒れてたわけじゃないんだよね?」


 薫くんは焦った顔をしていた。


「ううん……違う……」

「じゃあ何でこんなところで寝てたの?」


 ……何で……だろう……。


「また怖い夢でも見ちゃった?」


 そうだ……。


 私は頷いた。


「どんな夢?」

「内容は覚えてない。でも……たぶんパパの夢」


 薫くんは悲しそうな顔をして、私のことをそっと抱きしめてくれた。


「……ひとりで寝るの怖い?」

「……ごめんなさい」

「それは答えになってないよ。もう“ごめんなさい”は安易に使わないで」


 そう言う薫くんの声は、とても優しかった。


「……隣にいて欲しい」

「わかった。今日からはそうするから」

「ありがとう」


 私は薫くんの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 

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