57 パパがいない朝
次の日、薫くんに起こされ目が覚めた。
「葵ちゃん、朝ごはんは食べるタイプ?」
薫くんだ……。
そうだ……私、薫くんの部屋にいるんだ……。
寝起きのぼーっとする頭で、そんなことを考えていた。
「もう少し寝る?」
「ううん。起きる」
私は洗面所に向かうと、朝の用事を済ませ、リビングへと向かった。
薫くんはソファに座っていた。
「あのあとはゆっくりと眠れた?」
「うん」
「変な夢は見なかった?」
「大丈夫」
たぶん、薫くんが隣にいてくれたからだ。だから、私は安心して眠れた……と、思う。
目の前のテーブルには、コンビニ袋が置かれていた。
「コンビニに行ってきたの?」
「うん。うちには何も食べ物がないから」
「薫くんは、朝食べる人?」
「食べるけど、だいたい通勤中にコンビニで買って、病院で食べることが多いかな」
それじゃあ私のために、今日はわざわざ買ってきてくれたんだ…。
「ありがとう」
「気にしないで?僕もこうやって、葵ちゃんと朝ごはんが食べたかったし」
やっぱり薫くんは優しいな。私はコンビニ袋を手に取ると、中を見てみた。おにぎり、サンドイッチ、フルーツゼリー……。
「薫くんは何食べる?」
「僕は何でもいいよ」
「私も何でもいいよ?」
私がそう言うと、薫くんは「それじゃあ……」と言い、おにぎりを手に取った。私はサンドイッチを手に取ると、袋を開けて食べ始めた。
食べ終わると、薫くんは昨日と同じ薬を手渡してきた。
「はい。お薬飲もうね」
「うん。ありがとう」
それを飲み終えると、洗濯機の使い方を教えてくれ、掃除機の場所なんかも教えてくれた。
「ま、ひと通りこんな感じだけど、別に何もしなくてもいいから。今はとにかく、心を休めて欲しい」
「何もしてないと、頭がぐるぐるしちゃいそうだから……」
私がそう言うと、薫くんは苦しそうな顔をした。
「うん。それなら、葵ちゃんが好きなように過ごして?あと、ひとつだけ約束して欲しいことがある」
「はい」
「ちゃんと暖房をつけること」
「はい」
「それから食欲がなくても、必ず何か食べること」
「はい」
「あと、元の家に戻らないこと」
「はい」
「葵ちゃんのスマホの電源を入れないこと」
「はい」
「……」
あれ……?薫くんは黙ってしまった。
「ふふっ。ごめん。全然“ひとつ”じゃなかったね。でも、僕が今言ったこと、全部守ってくれる?」
「うん。守る。約束する」
薫くんは優しく微笑んで、私の頭を撫でた。
「それじゃあ、そろそろ行ってくるね。またお昼に連絡するから」
「うん……あの……」
「ん?」
「本当に何から何までありがとう」
「僕にできることなら何でもするよ。葵ちゃんには、もう一人で抱え込んでほしくないから」
それを聞いて、胸の奥がトクンとした。
私も、私ができることをしたい。
「ありがとう」
「うん。それじゃ、本当にもう行くね」
そう言う薫くんを、玄関で見送った。
早速洗濯機を回すと、次に調理器具の確認をした。
フライパン、片手鍋……鍋類はこの二つ。まな板、包丁、菜箸、ザル……薫くんのキッチンには、これしかなかった。あとはレンジと炊飯器。
フライ返しやトング、お玉やおろし金、キッチンバサミなんかも欲しいな。
次に食器を見てみた。
平皿、どんぶり、お茶碗……それからお箸、スプーンが全てひとつずつ。
……これしかないんだ……。
薫くんは買い足していいって言ってたけど、本当にいいのかな?2〜3ヶ月後には、私はシェルターに行くかもしれないのに、本当に買ってもいいのかな?
今度は冷蔵庫の中を確認した。うちにあるのとは違って、ツードアの小さい冷蔵庫だった。
調味料は……マヨネーズ……だけ?食材はほぼなし。あとはお茶のペットボトル、缶コーヒー、栄養ドリンク。
冷凍庫には、チャーハンやパスタなど、食事系の冷凍食品が入っていた。
こんなのばかり食べてるのかな?
今度はキッチン下の棚の中を見てみた。塩コショウ、醤油、お茶や水のペットボトル、それだけだった。
みりんや料理酒、ソースやケチャップ、ハーブ類なんかは何もなくて驚いた。料理をしない人のキッチンって、こんな感じなんだ。私からしたら、とても不思議だった。
足りないものばかりだ。
お昼になったら薫くんに、調味料や調理器具を買い足していいか、一応確認してみよう。フライ返しやお玉なんかは、100円ショップで買えるし、あと食器なんかも。
私は薫くんから借りているスマホを手にすると、メモ帳に買いたいものを次々と入力していった。
今私の手元には、昨日薫くんから預かった1万円札と、パパが前にくれた現金の、残りの3千円がある。これで……足りるかな……?食材まで買えるかな?とりあえず、必要最低限のものだけを厳選して……
そんなことを考えていると、洗濯が終わった合図が聞こえてきた。
寒いのには変わりないけど、今日は雲ひとつない青空だ。これなら洗濯物も、ちゃんと乾きそう。
私は乾燥機は使わず、洗濯物を取り出すと、次々とベランダに干していった。昨日薫くんが着ていた服と、私の服。それらからは、同じ柔軟剤の香りがした。




