49 そっくりだよ
パパ……?何を言ってるの…?
パパはゆっくりと私に近づくと、箱の中身を取り出し、私の左手の薬指にそれをはめた。
「あれ?このサイズで大丈夫だと思ったのにな。少し大きいね。葵の指は、ママよりも細いんだね。今度休みの日にでもサイズ直しに行こうね。安心してね?ちゃんと、葵にピッタリなサイズにしてもらうから」
箱の中身は指輪だった。
「なにこの指輪……」
「何って、結婚指輪だよ?」
「……私……誰と結婚するの?」
「ははっ。葵はおかしいことを言うね。さっき言ったでしょ?葵はパパの妻になるんだよ」
え……?
私がパパの妻?
わからない。
パパが何を言っているのか、全然理解ができない。
ありえない。
そんなのありえない。
クリスマスの時と同様に、私の耳には、ただただ楽しげな音楽が耳に届いていた。
パパは指輪を箱の中に戻し、いつもの席に座り直した。
「親子で……結婚なんてできないでしょ?」
そうだよね?
私間違ってないよね?
胸の中が、ずっとザワザワとして気持ちが悪かった。
ネックレスがパパに見つかった時のように、寒さと暑さを同時に感じ、ずっと背中がゾワゾワとしていた。
全身が……細かく震える。
「そうだね。法律上は無理だよ」
「だったら──」
「でもね?葵。葵は知らないだろうけど、世の中にはそんな親子もいるんだよ?」
「……」
「愛し合ってる親子が」
……愛し合う?
パパが今言ってるのは、今までの私たちのことを言ってるんじゃないんだよね?
それはつまり……男女の……?
「そんなのおかしいよ」
「おかしくない。お互いに愛があれば、形なんて関係ないんだよ?」
私が……世間知らずなだけ……?
だけどそんな話、聞いたことがない。
怖い……
気持ち悪い……
さっきから、ゾクゾクとした感覚がずっと拭えない。
「葵……驚いちゃった?泣かないで?今まで通り、何も変わらないよ?ただ葵が、娘からパパの妻になるってだけの話」
「……愛し合うって……なに……?」
「……それは葵もわかってるでしょ?」
わからない。
「少しずつ、慣れていこうね」
何に……
「葵は初めてだもんね」
何が……
「大丈夫。パパ優しくするから」
何んのこと……
私は席を立つと、すぐにトイレに向かい、さっき食べたものを吐き出した。
気持ち悪い……。
パパはすぐに私に駆け寄り、背中を撫でていた。
気持ち悪い……触らないで……。
「食べ過ぎちゃったのかな?葵、いつもより食べてたもんね」
薫くん……。
「今日の料理、美味しかったもんね」
薫くん……。
「ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかな?」
ひと通り吐き終わると、私は口をすすぎ、顔を洗った。
「今日は……色々と混乱してるから、ひとりで寝てもいい?」
私がそう言うと、パパはスッと表情を変えた。
「前にも言ったでしょ?それはダメだって。それよりほら、前にパパがあげたママの香水をつけてきて?」
なんで……
私はそれを断ろうとした。
だけど、パパの目は、それを許さないとでも言っているかのようだった。
私が動けずにじっとしていると……
「ほら。早く」
そう言われ、私の体は勝手に動いていた。
頭の中は、もはや何も考えられなくなっていた。
私は……パパの言うことに従っていた。
ママの香水をつけると、パパに手を引かれ、ベッドまで連れてこられた。
布団の中に入ると、パパは私のことを抱きしめた。
「本当に大きくなったね。体もママにそっくりだよ」
ママに……
「んー……ママの匂い。顔も体も声も……全部ママにそっくりだよ」
パパは……私にママを重ねてるの……?
「……私はママじゃない」
「そんなことはわかってるよ。パパはママも愛してるし、葵のことも愛してる」
そう言いながら、パパは私の背中を撫でてきた。
かと思えば、間接照明に照らされたパパの顔が私の顔に近づいてきたから、咄嗟に逸らした。
「葵?」
「いや……」
「もう……こんなにウブに育っちゃって。葵は本当に純粋な子だね」
違う……そういうことじゃない……。
本当に嫌なんだ。
「いいよ。さっきも言った通り、ゆっくり慣らしていこうね。大丈夫だよ。そのうちに良くなるから」
良くなる?なんの話?
「はぁ……本当にかわいい……」
「……」
「教会ももう、目星を付けてるんだ。二人だけの結婚式をしようね。ウェディングドレスも、何着か見繕ってるから、葵はその中から好きなものを選んでね?」
「……」
「やっとこの日がきた……。パパは何年も、この日を楽しみにしてたんだよ?」
……何年も……?
その時、私の下着姿をうっとりと見つめるパパの姿を思い出した。
パパはずっと……そんなふうに私のことを見てたの?
今までパパに感じていた違和感はこれだったの?
もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。
さっきまでは幸せだった。
料理も美味しくて、ケーキも嬉しくて……
お医者さんとしてのパパを尊敬していたし、誇らしくも思っていた。
男手ひとつで、私を育ててくれたパパに感謝もしていた。
私はずっと、“パパ”のことは“パパ”としてしか見ていなかったのに、パパは違うの?
この時、さっきつけた香水が鼻の奥まで届き、私はまた吐きそうになった。
「トイレ……」
私はひと言そう言うと、トイレまで走り、また吐いていた。
だけどもう……吐くものは無くなったらしく、胃液だけが延々と吐き出されていた。




