47 一体誰から?
もうすぐ2月になろうとしたある日、また私は体調を崩していた。
寒さも影響しているのかもしれない。
最近、ずっと調子がいいと思っていたから、とても悔しかった。
私は前と同様、具合が酷くなる前に薫くんに連絡をしておいた。
お昼になると、薫くんから返事がきた。
『大丈夫?いつものめまい?文字読める?』
『今はまだ、そこまで酷くないから大丈夫』
『ならよかった。電話は無理だよね?院長、帰ってくるかもしれないもんね』
『うん。ごめん』
私は今、ベッドで横になっている。リビングに行ってもいいけど、体を起こした瞬間に、ぐらりと視界が歪んでしまうから、トイレ以外は極力横になっていたかった。
今、部屋は静かだ。エアコンと加湿器の稼働音しか聞こえない。
これならパパが帰ってきたことに気がつくかもしれないけど……やっぱり警戒しておきたかった。
『それじゃあさ、また僕だけがしゃべるから、指で合図してくれない?それならどうかな?』
『うん。薫くんの声が聞きたい』
こんな体調じゃ、夜に湯船に浸かりながら、メッセージのやり取りなんてできないだろうから、連絡が取れるうちは、なるべく薫くんと繋がっていたかった。
すぐに薫くんは電話をかけてくれた。私もすぐに、通話ボタンをスライドさせた。
『聞こえる?聞こえたら合図して?』
私は指で1回タップをして合図した。
『よかった。僕もちゃんと聞こえてるよ。葵ちゃんはさ、そうやって具合が悪くなると、いつもと違う薬を飲んだりするの?』
……しない。いつも通り。
今度は2回、タップした。
『そっか……いつも通りなんだね?』
それにも合図を送る。
薬の話はそれで終わり、薫くんは私を気遣う言葉を色々と言ってくれた。
“今は不安になってない?”
“辛いこととか、困ってることはない?”
“今はめまいだけ?”
“吐き気はある?”
そんな感じで心配してくれた。
いつもと変わらない、優しい薫くんの声が耳に届き、とても心地がよかった。
さっきまでは、このあと、体調が悪化するかもしれないと不安があったけど、それが少し和らいだ。
ひと通り、薫くんは私に質問をし終えると、今度はこんな話をし始めた。
『またね、葵ちゃんと行きたい喫茶店や、洋食屋さんを見つけたんだ。あと、美味しそうな和食のお店も見つけたんだけど、葵ちゃんは和食は好き?』
私はその問いかけに、1回タップをして返事をした。
『よかった。そこは天ぷらが美味しいみたいなんだ。他にも美味しそうな料理がたくさんあったから、いつか一緒に行こうね』
薫くん……色々と考えてくれてるんだ……。
体調が良くなったら、私も探してみよう。
『あとね、葵ちゃんが好きそうな雑貨屋さんとか、文房具屋さんも見つけたんだ。だから今度そこへも行こう?』
そんな話を聞いていると、玄関の方で音が聞こえた気がした。
私は小声で「ごめんなさい」とだけ言うと、電話を切り、機内モードにした。
「葵?体調はどう?」
「そんなに酷くないよ」
「お粥は食べられそう?」
「うん」
「じゃあすぐに用意するから」
やっぱりパパは帰ってきた。
仕事をしながら、私の看病までして……。
こういう時、いつも申し訳なく思ってしまう。
その度に、痛感してしまう。
私はたぶん……一生このままなのだと……。
だけど……薫くんはいつも前を向いている。こんな私でも、できる仕事があるかもしれない。すぐに見つけることができなかったとしても、資格の勉強をしたりしていれば、いつかは……。
あ……そうだ。バイトをしてみたいってパパに相談しようと思ってたんだ。
元気になったら話してみよう。
パパが作ってくれたお粥を食べてから、私はまたベッドに横になり、眠りについた。
夕方になる頃、体調は悪化した──
今回は1週間、寝込んだ。
薫くんからのメッセージにも、返事ができないでいた。
その間に2月を迎え、バレンタインまで、あと9日しかなかった。
これじゃあ、無理だ。間に合わない。
もう普通に生活はできるようになってはいたけど、まだ立ちくらみがすることがあった。
こんなんじゃ、ひとりで電車に乗ったりするのは怖い。
本当は前倒しで、薫くんにバレンタイン用のカップケーキを渡したかったけど、遅れて渡した方が賢明だと思った。
完全に元気になったのは、バレンタインの3日前だった。
パパと夜ごはんを食べている時に、アルバイトのことを相談してみた。
「パパ、私ね、週に1日でいいから、アルバイトをしてみようと思って」
「葵には無理だよ。今回だって何日も寝込んでいたんだから」
「でも探してみたら、1日5時間、週1日からOKみたいな募集も色々あって──」
「葵。バイトだろうが週に1日だろうが、仕事には変わりはないんだよ?お金を頂く以上は、仕事なの。今の葵が、まともに働けるとは、パパ思わないな。もちろん医師としての意見だよ」
……でも……そんなのやってみないとわからないじゃん。
「一度だけでもいいから試して──」
「葵」
「……」
「パパは許可しないよ」
それからしばらく、沈黙が続いた。
パパは……あの目をしていた……。
「もう体調は大丈夫だよね?」
「……うん…」
「葵に聞きたいことがあるんだ」
「……なに?」
「これ何?誰からもらったの?」
パパの手には……ネックレスが入った、小さい巾着袋があった。もちろん薫くんから貰ったもの。
どうしてパパはそれを……?
私のバッグの中を勝手に見たの?
「こんなに高価なもの、一体誰から貰ったの?」
すっかりと元気になったはずなのに、頭がクラクラとするように感じた。




