44 もうすぐ誕生日
『パパになんて言おうかな』
私はまた、湯船に浸かりながら、薫くんとメッセージのやり取りをしていた。
『たまに1〜2時間の散歩をすることは、院長に伝えてあるんだよね?』
『うん。でも、もし詳しく聞かれたら、私答えられない』
しばらく薫くんからの返事はなかった。
考えてくれてるのかな?
メッセージアプリを閉じ、スマホを浴槽の淵に置くと、膝を抱えて考えた。
散歩に3時間はさすがに長すぎるよね?今は冬だし。こんな寒い中、そんなに散歩してたら、逆にパパに心配させてしまう。
そういえば、会うのは何時くらいなんだろう。
そんなことを考えながら、湯船の水面を、デコピンをするかのようにして、ピチャピチャとお湯を指で弾いていた。
お昼から…とかだと、一時的に帰ってきたパパとバッティングしてしまう可能性がある。薫くんと会うのなら、できればお洒落をしたい。だけど……そんな姿をもしパパに見られたら……。
午前中からだと、やっぱりパパにその時間からいなかったことがバレてしまう。早い時間から家にいなかったのに、スーパーで買い物をしたのが夕方とかだったら、その数時間の詳細を聞かれてしまう……。
はぁ……どうしよう……。
その時、スマホが震えた。
『今回、午後から会いたいんだけど、それは大丈夫?』
午後か……そっちの方が都合がいい。
『大丈夫』
『14時は?』
パパの病院は、午後の診察は13時30分からだ。てなると、もしパパがお昼に帰ってきてしまった場合、まともに準備がてきないな……。
それでも……会いたい……。
『大丈夫だよ』
『よかった。あとね、やっぱり“散歩してた”でいいと思うよ。もしも、何か聞かれたら、この前のことを思い出しながら話せばいい』
この前のこと……
『河川敷のこと?』
『そう。二人で魚が跳ねたのを見たり、鴨が泳いでるのを見たでしょ?それを話せばいいよ。嘘じゃないから、言葉が詰まることもないでしょ?』
確かに。それならスラスラと話せる。本当のことだから。
パパは診察中、滅多に家には帰ってこないけど、ごくたまに、忘れ物や、必要なものを取りにくることがあるから、ちゃんと“言い訳”を用意しておきたかった。でもこれなら安心だ。
『ありがとう。それなら大丈夫そう』
私たちはこうやって、当日のことを色々と話し合っていた。
バレンタイン……どうしようかな。
渡したいけど、やっぱり私ひとりじゃ何も思い浮かばない。だからといって、薫くんにも相談したくないな。薫くんはきっと、また“タクシーでおいで”と言ってくれるだろうから。
私が勝手にあげたいだけなのに、そんなのは本末転倒すぎる。
バレンタインまで、1ヶ月を切ってしまった。
何か……いい方法はないかな。
ここから薫くんの病院まで、往復で約1時間以上。薫くんと会えるのが40〜50分。合わせると長く見積もっても2時間以上は確保しなければならない。でも会う時間帯はお昼。パパがもし家に帰ってきたとしたら、“どこに行ってたの?”となる。
今度、薫くんに合うための言い訳に“散歩”を使ってしまうから、なるべく他の理由が欲しい。
寒がりな私が、こんな寒い時期に、何度も散歩をするだなんて怪しすぎる……。
そんなことを考えながら、私は夜ごはんを作っていた。
今日はパパの好きな豚カツだ。
私はパパが帰ってくる時間に合わせると、油を温めた。
キャベツを千切りにし、水にさらし、それからザルに上げると、今度は菜箸を油の中に入れ、泡の出具合を見て温度の確認をする。菜箸の先から、シュワシュワと泡が出るのを確認すると、私はパン粉を纏った豚肉を揚げ始めた。
あ……
そうだ。
隣の駅に、大きな古本屋がある。私はたまに、パパにその古本屋に連れて行ってもらっていた。そんな時は、だいたい、1時間以上はその店に滞在していた。
最近行ってなかったから、リアリティがある言い訳かもしれない。
目の前の鍋からは、油がブクブクだとか、パチパチという音が聞こえた。豚カツの衣はしっかりとキツネ色になっていたから、油を切り、網へと乗せた。
「ただいまー」
玄関の方でパパの声がする。
「おかえりー」
私は声のする方に、そう声をかけた。
「おっ。今日は豚カツか。パパの好物だ」
「うん。もうすぐできるからね」
パパはいつも通り、背中からハグをしてきた。
大丈夫。
私は思春期。
この違和感は普通のこと。
大丈夫……。
パパは私から離れると、手を洗いに行った。
私はその間に、ダイニングテーブルへ、次々と料理を運んだ。
手を洗い終えたパパは席に着くと、二人で夜ごはんを食べ始めた。
「もうすぐ葵の誕生日だね。何か欲しいものはある?」
「ううん。いつも欲しいものはパパが買ってくれるから、何もないよ?」
「そっか……葵は本当に、いい子に育ったね。パパ嬉しいよ」
また……胸の奥がチクリとした。
「パパね、葵のために、すでにプレゼントを用意してるんだ。だから楽しみに待っててね」
その時……下着のことを思い出し、今度は胸の奥がザワザワとし始めた。
目の前のパパは、なんだか楽しそうにしている。
私は……
どうかこの前のようなことが起きないようにと、切に願い続けていた。




