42 着信
あれ……?
私……寝ちゃった?
ゆっくりと目を開けると、薫くんは体ごとこちらを向き、私のことを見ていた。
薫くん……
私……なんてことを……。
すぐに起き上がろうとすると、腕を引っ張られ、抱き寄せられた。
「葵ちゃんも眠くなっちゃったの?」
「……あ……えっと……ごめんなさい」
「ん?なにが?」
「勝手に布団に入っちゃって……」
「僕は別にいいよ?葵ちゃんが隣にいたからか、温かくてぐっすりと眠れたよ」
「……あ、アラーム」
「僕が止めた」
アラームに気がつかなかっただなんて……。
私……そんなに深く眠っちゃってたの?
「葵ちゃん」
「はい」
「もしね、また不安になることがあったら、今日のことを思い出して?」
「……今日のこと?」
「そう。今日、僕がこの部屋に来たこと。葵ちゃん、僕の声を聞くと安心するって言ってたから」
「……」
「だから、今日のことを思い出せば、この部屋自体が、葵ちゃんにとって安心できる空間になるんじゃないかって……。って僕……また気持ち悪いこと言っちゃった。ナルシストみたい……」
そこまで聞いて、私は笑ってしまった。
すると薫くんは、私のことをぎゅっとした。
「もう……笑わないで」
「ごめんなさい」
「でも、だから来たかったんだ。ここに。部屋で過ごすことが多いって前に言ってたからさ。記憶もね、安心材料のひとつになるんだよ?」
「うん……ありがとう」
薫くんは、いつも私のことを考えてくれる。香水も、この前の電話の方法も、それから今日も……。
いつもいつも、そうやって私の心に寄り添ってくれる。
しばらくしてから起き上がると、ベッドに二人で座り直し、色々と話していた。
次はどこに行こうか、その時はどういう工夫をしようか、そんな内容だった。
窓の外を見てみると、みぞれはいつの間にか雪へと変わっていた。
パパは予定通りに帰ってくるのかな?早まる?それとも遅くなる?
薫くんは私の視線に気づき、同じように窓に目をやっていた。
「あ、雪になってるね」
「うん」
「また、不安そうな顔してる」
「パパが……」
私はスマホを手に取り、連絡が来ていないか確認をした。
……うそ……。
1時間前に着信がきてる……。
薫くんとのおしゃべりに夢中で、全然気がつかなかった。
時間は17時。
「薫くん、パパから着信があったから、折り返してもいい?」
「いいよ」
私はすぐパパに連絡をした。
「もしもし?パパ?」
『あ、起きてた?』
「ごめん。気がつかなくて」
『いいよいいよ。雪の影響で、今日は予定よりもかなり早く終わったんだ。もう家に着くからね』
1番最悪なことが起きてしまった。
「どのくらいで着く?」
『あと10分くらいだよ』
心臓がバクバクとする。
薫くんが今すぐに家を出たとしても、パパと鉢合わせちゃうかもしれない。
どうしよう。
電話を切ると、すぐに薫くんに伝えた。
「大丈夫だよ、葵ちゃん。落ち着いて?院長は帰ったらすぐに、お風呂に入るんじゃない?この雪だもん。きっと冷え切った状態で帰ってくる」
確かに……
「その時に僕は、こっそり出て行くから」
「大丈夫かな?」
「大丈夫。もし入らなそうだったら、その時は葵ちゃんがお風呂に促して?」
「わかった。やってみる」
念の為に、薫くんにはクローゼットの中に隠れてもらった。
私はすぐに階段を下り、浴槽にお湯を張った。
緊張で手が震える。
あ……メイク落とさないと。
今度は急いで洗面所に向かうと、顔を洗った。
──その時……パパが帰ってきた。
まだ10分経ってないはずなのに……。
「ただいま。顔洗ってたの?」
「うん。さっぱりしたくて。おかえり」
顔をタオルで拭いていると、パパが後ろからハグをしてきた。
思わず少し力が入る。
背中がゾクゾクとする。
パパは冷気をまとい、手はとても冷たかった。
これなら……お風呂に促せる。
「パパ──」
「香水つけてるの?」
……。
あ……忘れてた……。
家で香水をつけるだなんて、おかしいよね?
怪しまれるかな……?
「葵?」
「……朝から雨で……」
「うん」
「気分が落ち込んでたから……」
「……それで?」
「ちょっとでも……気分を上げたくて……」
「……お化粧もしてたんじゃない?」
なんでわかって……
目線を少し上げてみると、パパは鏡越しに私を見ていた。あの目はしていなかったけど、探るような目をしていた。
「クレンジングのフタが開いてるよ。お化粧してたんでしょ?どこかに行ってたの?」
私を抱きしめる、パパの腕の力が強くなった。
「……」
「葵」
足が震える。
薫くん……
「葵。答えて?」
絶対に……薫くんのことはバレたらダメだ。
「……メイクの練習したり、ひとりでファッションショーしたりしてたらテンションが上がっちゃって、香水つけてみたり……アクセサリーをつけてみたり……してた……」
「ははっ。そっかそっか。それをパパにバレたくなかったんだね?」
「うん……」
「葵もお年頃だもん。そうするのは普通のことだよ?別に恥ずかしがることないのに」
パパの声は、いつもの優しい声だった。
チラリと鏡を見てみると、その姿もいつもの穏やかなパパだった。
「パパ……今お風呂をためてるから、入って温まって?寒かったでしょ?」
「一緒に入ろう?」
やだ……。
薫くんがいるのに、そんなことしたくない。
「ちょっと……夕方から体が怠いから……」
「あ、そっか。葵、もうすぐ生理だもんね。わかった。ゆっくりしてて?」
パパはそう言うと、私から離れ、部屋着を取りに行くと、お風呂に入っていった。
なんで……
なんでパパ、そんなこと知ってるの……?
そんなことまで把握してるの?
私は気持ち悪い感覚のまま、急いで部屋に向かうとクローゼットを開け、すぐ薫くんに抱きついた。
「おっと……どうしたの?何かあった?バレてはないでしょ?」
早く、薫くんをここから連れ出さないと。
「今、パパお風呂に入ったから、早く家を出ないと」
「……何があったの?」
「何も……それより早く……」
「わかった。また連絡するから」
薫くんは心配そうな顔をしながら荷物を全て持つと、私が先導して玄関から見送った。
開けたドアからは、冷気が一気に舞い込み、雪の匂いを感じた。
家を出て行く薫くんは一度振り返り、さっきと変わらず心配そうな顔で、私のことを見つめた。




