41 なんだか不思議な感じ
しばらく薫くんと抱きしめ合ってから、私はタオルを手渡した。
「ありがとう。急にごめんね?家に押しかけるようなことをしちゃって」
「ううん。会いたかったから嬉しい」
私は薫くんの手を握ってみた。
冷たい……。
「お湯で手を洗ってきて?すぐに温まるから」
「うん。案内して?」
薫くんの冷たい手を引き、私は洗面所へと連れていった。
「ごはんもすぐに用意するから、ちょっと待っててね」
「ありがとう」
すぐにキッチンへ向かうと、私は料理の仕上げにかかった。しばらくすると手を洗い終えた薫くんが、背中から抱きしめてくれた。
「美味しそう」
「……だといいけど……」
背中に、薫くんの体温を感じた。
不意に抱きしめられて、少し驚いたけど、やっぱり薫くんとパパのハグは全く違う。パパにハグをされると、少し体が強張るけど、薫くんからされると逆に力が緩む。
もっと……抱きしめて欲しくなる……。
出来上がると、トレーに親子丼と、味噌汁も置き、2階に運ぼうとした。
「僕が持つよ」
「ありがとう。私の部屋に」
「葵ちゃんの部屋はどこ?」
「2階の……1番奥の部屋……」
私は念の為、薫くんの靴と傘についた水滴をタオルで拭い、雨で濡れた玄関の床も、雑巾で拭き取っておいた。
そうしてから自分の部屋に薫くんの靴と傘を、部屋へと持ち込んだ。
そんな姿の私を見て、薫くんは……
「ははっ。用意周到だね」
笑いながらそう言った。
こんなにリスキーなことをしているんだから、しっかりと警戒しておきたかった。
「もしかしたら天気の影響で、パパが早めに帰ってきちゃうかもしれないし」
「逆もあるかもね」
最悪、パパが帰ってきてしまったら、一旦薫くんにはクローゼットに隠れてもらって、それから……──
「もう食べてもいい?」
「あ……ごめんなさい」
私は薫くんからトレーを受け取ると、食事を小さいテーブルの上に並べた。
「どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
味、どうだろう。今までに2回、薫くんにはお弁当を作ったことがあったけど、それは美味しいと言ってくれた。今回は……
「……美味しい……」
薫くんは、味噌汁を飲むと、呟くようにそう言った。
「寒かったから、心にまで沁み渡るよ」
「よかった」
親子丼にも箸を伸ばすと、薫くんは口に運んだ。
「んーっ。美味いっ。ホッとする味。葵ちゃん、本当に料理が上手だね」
ホッとする味……。
嬉しいな。そんなふうに感じてくれて。
薫くんは、本当に美味しそうに食べてくれた。
なんかいいな。この時間。
そう思いつつも、自分の部屋に薫くんがいると思うと、なんだか不思議な感じがして、胸の奥がくすぐったくなった。
薫くんが食べ終わると、私はすぐに食器を下げて洗い、水滴を拭き取ると棚に戻した。
部屋に戻ると、薫くんはベッドに座り、あのぬいぐるみを手にしていた。
「あ……」
思わず、そう声が漏れてしまった。
薫くんは私を見ると、優しく微笑んだ。
「このぬいぐるみ、香水の匂いがする」
なんか……恥ずかしい……。
私は薫くんの隣にそっと座った。
「……不安になることがあると、その子を抱きしめるの」
「そんなにしょっちゅう、不安になることがあるの?」
「不安……というか、心が……乱れることが……最近多くて……」
私は呟くようにそう言った。気がつけば、胸元の服を、右手で握り込んでいた。
薫くんは、そんな私のことをそっと抱きしめてくれた。
「話してくれる?何に心が乱されるのか」
言えない……言いたくない……。
「話したくない?」
私は頷いて返事をした。
「……それじゃあ、話したくなったら話して?いつでも聞くから」
「……ありがと」
しばらくの間、そうやって抱きしめ合っていた。
とても静かで、穏やかな時間。
私が大好きな時間……。
薫くんは私から離れると、顔をじっと見てきた。
「その他には?僕に聞いてほしい不安ごとはある?」
「大丈夫。今はない」
「ならよかった。今日は押しかけるように来ちゃってごめんね?」
「ううん。会いたかったから嬉しい」
視界に入る、窓の外を見てみると、土砂降りだった雨の勢いは少し落ち着き、みぞれへと変わっていた。
また薫くんを見てみると、あくびをしていた。
「ごめん……ごはん食べたら眠くなってきちゃった」
それもそうだよね。ずっと仕事してたんだから。
「仮眠取ってもいい?」
「うん」
「1時間後に起こして?」
「わかった」
薫くんは立ち上がると、床に座ろうとした。
「ベッド使って?」
「……でも……」
「大丈夫だから。床で寝たって、疲れ取れないよ?」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
私が布団をめくると、薫くんはベッドに横になった。布団をかけると、ほんの数分で寝息が聞こえてきた。
こんなにすぐに眠っちゃうだなんて、きっとすごく疲れてたんだろうな。それなのにわざわざ会いに来てくれて……。
スマホを手に取ると、アラームをセットした。
ベッドの端に座ると、私は薫くんの寝顔を見た。寝顔からも、優しさが滲み出ているように感じた。
しばらくボーっと見ていると、試してみたくなったことがあった。
布団をそっとめくり、ゆっくりと薫くんの横に寝そべると、布団を掛ける。
やっぱり……パパと違う。
今はさすがに最初の頃よりは慣れていたけど、パパの隣で横になる時に感じる、ちょっとした違和感なんかは、薫くんには感じなかった。
むしろ……落ち着く……。
そのまま横を向き、そっと薫くんに近づいた。
あったかい……。
薫くんのこの体温をしっかりと感じたくて、ゆっくりと目を閉じた。




