4 ときめき
「葵。今日から一緒に寝ようか。最近よく体調崩してるでしょ?パパ心配なんだ」
朝ごはんの時に、パパはそう言った。
確かに……。
最近少し吐き気が多い。寝ている時に吐いちゃったりしたら危ないんだよね?
「わかった。ありがとね」
「何か体調に異変があったら、すぐにパパのことを起こすんだよ?」
パパ……仕事も忙しいのに、帰ってきてからも私の心配をして……。
「ごめんね……本当はもっと家事もしたいのに……」
「パパは葵が世界で一番大切なんだよ?謝らないで?葵がいるだけでパパは幸せなんだから」
その言葉を聞いて、胸が熱くなった。
「私もパパがパパで幸せだよ」
私がそう言うと、パパは優しく微笑んだ。
ひと通り、その会話が終わると、私はパパが用意してくれたトーストとスクランブルエッグを口に運んだ。
今日は家庭教師の日だったけど、さっき言った通り、私の体調が優れないから、お休みをすることになった。
パパを玄関で見送り、2階の自分の部屋に向かうと、ベッドに寝転んだ。それからスマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げ、眺めていた。
結城さんと連絡先を交換した日の夜、早速メッセージがきた。私はそのやり取りを見返していた。
「ふふっ」
たったこれだけでも、わくわくとして、胸がときめいていた。内容はいたって普通。挨拶とか、”これからよろしくね”とか、そんなやり取りだった。
そうやって眺めていると……
『おはよう。具合はどう?』
そんなメッセージが表示された。
うそ……
どうしよう……。
開いたままにしていたせいで、すぐに既読をつけてしまった。私も今、メッセージアプリを開いていることがバレちゃった。
顔が熱い。
あーもう、こんなの気持ち悪いやつじゃん。
私の気持ちバレちゃったかな?
そんなことない?
『もしかして、葵ちゃんも僕にメッセージを送ろうとしてた?』
あ、そうか。本当はただ眺めていただけだけど、そういうことにしておこう。
『おはようございます。体調はあまりよくないです。私もちょうど、結城さんにメッセージを送ろうと思ってました』
よし。これでいいだろう。
あー……胸がドキドキする。こうやって好きな人とやり取りするの、ずっと憧れてたんだ。恋愛アニメを色々と見てきたけど、本当にこんな感じになっちゃうんだ……。
するとすぐに返事がきた。
『なんて送ろうとしてたの?』
……どうしよう。なんて言おう。
どう答えたら自然なんだろう。
何も思い浮かばない。
私はたったそれだけのことで、思考が停止してしまった。
すると急にスマホが音を鳴らした。
電話だ……。
私はベッドから起き上がると、正座をしてからその電話に出た。
「はい……」
『あーよかった。返事がないから急に具合が悪化したのかと思った』
心配させちゃった……。
「すみません。大丈夫です」
『うん。ならよかったよ。それで?なんて送ろうとしてたの?』
あーもう……全身が熱い。鼓動が早くなる。
「……」
『葵ちゃん?』
「うそです……」
『ん?嘘?』
「はい。本当はトーク画面を眺めていただけなんです。それがバレるのが恥ずかしくて、嘘をつきました」
『ははっ。そうだったんだ。わかるわかる。そういう時あるよね』
耳元で結城さんの笑い声が聞こえて、なんだかくすぐったい気持ちになった。それに……優しい。私を気遣って、笑い飛ばしてくれた。
『院長には約束通り、僕たちが連絡を取り合っていることは言ってない?』
「はい。言ってないです」
『僕も葵ちゃんのことが心配だから、頻繁に連絡していいかな?』
本当に夢みたい……。
たぶん……結城さんは患者のひとりとして、私の心配をしているだけだ。それでも嬉しい。
「はい。嬉しいです」
『ははっ。嬉しいの?』
しまった。心の声がつい漏れてしまった。
それからは少しだけ会話を重ね、通話を終了した。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
まだ心臓がドキドキとしていた。
私は倒れるように仰向けになると、目をつむり、結城さんの顔を思い浮かべた。
耳にまだ……さっきの結城さんの声が残ってる……。
好き……。
きっとこの恋は実らない。
だけど、今までずっとこんな思いをしたことがなかったから、嬉しかった。私は一生恋なんてできないと思っていたから……。
この先……辛い思いもするのかな……?
アニメなんかではよく、失恋して泣いている場面や、好きな人には好きな人がいて、苦しそうにしている場面がある。
まだそんなのは経験したことないけど、そんなに苦しいのかな……。
もし結城さんに彼女がいたら……?
そうやって想像してみると、胸が少しだけチクリとした。
ああ……痛い。
確かに……これは辛いかも……。
でもすぐに、さっきの電話での会話を思い出し、にやけてしまった。
あれ……?
何だかさっきよりも体が辛くない気がする。
私はまた起き上がると1階に行き、洗濯機を稼働させた。
夜になり、パパは帰ってくると、すぐに私にハグをした。
「寝ててよかったのに」
「ううん。あのあと少ししたら、気分がよくなったの」
「それで洗濯もしてくれたの?」
パパはきっと、ソファに置いた、畳まれた洗濯物を見てそう言ったのだろう。
「うん」
「今は?体調どう?」
「大丈夫だよ?」
「よかった。ごはんはパパが作るからね」
パパはすぐに着替えると、キッチンに向かった。
今日は何だかいい日だったな。
私の心はまだ浮かれていた。一日中そんな感じだった。
なのに……──
眠る時間になると、私はまた具合が悪くなり、視界がぐにゃりと歪んだ。
「葵、大丈夫?」
パパはふらつく私の体を支えるようにすると、寝室へ向かった。
布団をめくり、私は横になった。
「パパも色々と片付けたら、すぐに戻ってくるからね」
そう言って、寝室から出て行った。
今日からここでパパと寝ることになっている。
パパとママの寝室だったこの部屋で。
夜中に体調が悪化しないといいけど……。
パパに迷惑かけたくないな……。




