3 進展?
平日の昼過ぎ、家庭教師の雫ちゃんに勉強を教えてもらっていた。
自分の部屋には机もあるけど、テーブルを挟んで向かい合う形の方がよかったから、雫ちゃんに勉強を教えてもらう時は、いつもダイニングテーブルだった。
雫ちゃんが寒くないように、部屋はちゃんとエアコンで暖めておいた。
「雫ちゃん」
休憩をしている時に、私はあることを聞いてみた。
「なに?」
「……雫ちゃんは、家族とハグしたりする?」
「ハグ?うちはみんな仲が良いから、結構してるよ?」
「お父さんとも?」
「うん。たまにしか実家に帰らないから、その時は『ただいまぁ』って言いながらハグするよ」
そういうものなのかな……?
私には友達がいないから、相談するのは雫ちゃんしかいない。28歳の雫ちゃんでも、お父さんとハグをしてるなら、結構普通のことなのかも……?
なんだかパパに対して嫌悪感を抱いた自分に、罪悪感を覚えてしまった。
そうだよね。二人だけの家族なんだから、仲良くしていかないと。
それにパパはきっと、ママのことを思い出して寂しくなっちゃったんだ。私だってまだまだ寂しくなる時はある。
私はテーブルに用意していた、お菓子のカゴに手を伸ばすと、チョコレートを選び、それを食べながら考えていた。
「葵ちゃんはさ、好きな人とかいる?」
好きな人……。
なんでそんなこと聞くんだろう。私は学校にも行けていないのに。だからこうやって家庭教師を頼んでるのに。
「出会いなんてないよ?」
「SNSから始まる恋もあるよ?」
あ……それでか……。
学校にも行っていない私に、好きな人なんてできるわけがないのをわかっていて、遠回しにいじわるを言われたのかと思った。
そうだよね。雫ちゃんはいつも私に寄り添ってくれるもん。そんないじわるなことは言ってこない。
「それで?好きな人はいる?」
恋バナなんて初めてだ。
どうしよう……。
頭の中に結城さんの優しい笑顔が浮かぶ。
「ふふっ」
雫ちゃんの笑い声が耳に届いた。
「いるんだね。葵ちゃん、わかりやすい。今その人のこと考えてたでしょ?」
「なんでそう思ったの?」
「そういう顔してた」
……恥ずかしい。
私はすでに冷めてしまったミルクティーを口にした。でも動揺してしまって、味なんてわからなかった。
相談してみたいけど、雫ちゃんも結城さんのことを知ってるからな。それに絶対に無理だって思われる。だから誰が好きかは内緒にしておこう。
結城さんのことは伏せて、さっき雫ちゃんが言ってだ通りにSNSで知り合った人っていう体で相談してみる?
でもな……パパからSNSを禁止されてるから、仕様がよくわかっていない。だからボロが出てしまいそうで怖い。
やっぱり相談するのはやめておこう。
「雫ちゃんは?好きな人いる?」
「うん。いるよ。今付き合ってる」
いいな……。
「どんな人?」
私はまたチョコレートに手を伸ばし、包みを開けると、それを口に放り込んだ。
「優しい人だよ。あとは話がよく合う」
「そっか。いい人と巡り会えたんだね」
そんな感じで、雫ちゃんの話を羨ましく聞いてから、勉強を再開した。
あれから、パパからのハグが少しずつ増えた。でも、一番初めの時みたいな嫌悪感は、少しだけ薄れていた。慣れてきたのかもしれない。
今も、仕事が終わって、帰ってきたパパにハグをされていた。
「あれ?少し身長伸びたんじゃない?」
そういえば、最近測ってないな。
「今度、診察の時に、測ってみようか」
「うん。まだ伸びるんだね」
「そりゃ伸びるよ。どんどん大人になっていくね」
大人……。
そうなったら、結城さんも私のことを、ひとりの女性として見てくれるようになるのかな。
そんなことを考えていると、パパは私から離れた。
今日は薬を飲んでも体が重く、夕方まで布団から出られなかった。だから、仕事から帰ってきたパパが、夜ごはんを作ってくれた。
冬が明け、春が来た。
もちろん結城さんとは何の進展もない。それどころか連絡先も知らない。それに……ここ3ヶ月ほど、会えていなかった。
寂しいな…。
そろそろ会いたいな。
そう思ってると、次の検診の時に会うことができた。
待合室で待っていると、結城さんが診察室から出てきて声をかけてくれた。小声で。
「久しぶり。調子はどう?」
「んー……変わらずです」
「そっか。どんな症状が出るんだっけ」
あれ……私のカルテとか見てないのかな?
「めまいです」
「……めまい……その他には?」
「体が怠くて動けないこともあります」
「……薬は何種類飲んでるの?」
結城さんは、何か考えながら質問しているようだった。
「薬は4種類です」
「4種……」
「はい」
「何色かわかる?あと形も」
私は自分が飲んでる薬を思い出しながら伝えた。
すると結城さんは眉間に皺を寄せた。
「んー……やっぱり見ないとわかんないな……」
前にも薬のことを聞かれたけど、何なんだろう。
「父に聞けばすぐにわかると思いますよ?」
「あ、いいのいいの。僕の勉強になるから。僕だったらその症状に、何を処方するかなって考えるのも勉強になるんだ。だからこのことは院長にはひみつにしておいてね?」
またひみつが増えた。
二人だけのひみつ……。
思わず心が躍った。
そう思ってると、診察室から子どもの鳴き声が聞こえてきた。
注射でもしてるのかな?
私も未だに採血とか苦手だ。
結城さんは私の前にしゃがむと、小声でこう言ってきた。
「……連絡先……交換しない?」
うそ……本当に?
私のスマホの中には、パパ、雫ちゃん、ここの病院の番号、行きつけの美容院しか登録されていない。
「もちろん院長には内緒でね」
「……はい」
夢みたい……
私たちは素早くIDを交換すると、診察室から3歳くらいの泣いた女の子を抱っこした女の人が出てきた。
しばらくすると、パパに呼ばれて診察室へと向かった。
この胸のドキドキが、パパにバレないといいけど……。




