2 違和感
結城さんは私より9つ年上だ。
きっと16歳の私のことは、子どもに見えるだろう。
そんな彼は今、色々と研修を重ねている医者の卵だ。忙しい中、たまにパパの病院で、勉強をしに来ている。それは結城さんがパパに惚れ込んでいるからだ。
パパは地元の新聞にも取り上げられたことがある。それを見た結城さんは、パパに憧れの気持ちを抱き、勉強をさせてほしいと頼み込んだのだ。
私はいつからかそんな結城さんから目が離せなかった。最初はこれがなんなのかわからなかったけど、恋愛アニメを見てやっと気がついたんだ。
これは恋だって……。
そんなにしょっちゅう会うことはできない。毎月会うことももちろんない。それでも私は彼に会うと、ちゃんと毎回心が躍るんだ。
「最近、なんだか楽しそうだね」
病院が休みの日、私はパパと洋服を買いに行くために車に乗っていた。その時にパパからそう言われた。
「そうかな?」
「うん。なにか新しい趣味でも見つけたの?」
好きな人ができただなんて、恥ずかしくて言えないな。しかもそれが結城さんだなんて……。
「ううん。たぶん、最近体の調子がいいからかな」
「ははっ。そうだね。薬がちゃんと効いてるのかも」
本当にこの2週間、体調がよかった。もしかして、この前結城さんに会えたからかな?それで気持ちが浮かれてるのかも。“病は気から”なんて言葉もあるしね。
ショッピングモールに着くと、パパに手伝ってもらいながら服を選んだ。
今日は日曜日だから、周りには多くの人がいて、楽しそうな声があちこちから聞こえてきた。家族連れやカップルも多かった。
「あ、葵。このワンピースいいんじゃない?」
パパのそんな声が聞こえ、私はそれを手に取り鏡で見てみた。
あ……このワンピース……
「ねぇパパ。これさ、あの写真のワンピースに似てない?」
“あの写真のワンピース”とは、まだ幼い私をママが抱っこしている時に着ていたワンピースのことだ。
「確かに……そういえば葵は、どんどんとママに似てきてるね」
私はそれを聞いて嬉しくなった。
「本当に?そう思う?」
「うん。前から思ってたけど、成長するたびにママに似てきたよ」
私の記憶の中のママは、いつも優しかった。風邪をひいた時も、ずっとそばにいてくれて、缶詰のみかんや桃、たまごスープなんかを作って食べさせてくれた。見た目だけじゃなくて、私もママのように優しい人になりたいな。それにパパも優しいから、パパのような人にもなりたい。
私はそのワンピースをすぐに気に入り、パパに買ってもらった。
日々は穏やかに過ぎ、数ヶ月が過ぎた。
今日は診察の日だ。早めに病院に向かうと、まだ診察待ちの患者さんが2組いた。待合室で順番を待っていると……結城さんが診察室から出てきた。
今日……来る日だったんだ……。
嬉しい……。
「葵ちゃん。こんにちは」
「こんにちは」
そんな挨拶を交わし、少しだけ世間話をすると、結城さんは私に耳打ちをするようにしてこう聞いてきた。
「葵ちゃんてさ、自分がなんの薬を飲んでるか知ってる?」
薬……
そういえば、いつもパッケージから出されたものを飲んでいたから、自分がどんな薬を飲んでいるかだなんて知らなかった。
子どもの頃からそうだったから、気にも止めていなかった。
私は結城さんのその質問に、否定の意味を込めて首を横に振った。
「そっか。変なこと聞いちゃってごめんね?このことは院長に内緒にしててくれる?」
「はい」
なんでだろ?
……まぁいいや。
結城さんとの“ひみつ”ができたようで、なんだか少し嬉しかった。
窓の外に目をやると、病院の前の歩道を、制服姿の男女が笑いながら歩いていく。
制服……いいな……。
あ……手繋いでる……。
恋人同士なんだ。いいな。
この先、私に彼氏なんてできることがあるんだろうか。できれば結城さんがいい。だけどそれは夢のまた夢だ。もしかしたらすでに結城さんには彼女がいるかもしれない。
だって彼は……本当に素敵な人だから……。
また私は体調を崩した。
夜ごはんを食べ終わり、立ち上がると急にめまいがして、その場にしゃがみ込んでしまった。
私はそれから、そのまま3日間体が怠くて、思うように動けなかった。ベッドで眠っていると、物音がして目を覚ました。
「ごめん。起こしちゃったね」
「大丈夫だよ」
「具合はどう?」
「まだ少し怠いけど、昨日よりは良くなったよ。いつも心配かけちゃってごめんね」
「何言ってんの。親はそういうもんなんだから、気にしないで?」
やっぱりパパはいつも優しいな。
パパとママの子で本当によかった。
こんな感じに、体調を崩すこともあったけど、私はそんなパパの優しさに甘えながら毎日を過ごしていた。
でも……
ある日……いつもと違うことが起きた。
2月の雪の降る日。
食べ終わった食器をひとつひとつ洗っていると、背中にぬくもりを感じ、心臓がドキッと跳ねた。
え……?
パパ?
私は驚いて手がすべり、汁椀をシンクに落としてしまった。
テレビの音で、背後から近づいてくる足音なんかには全く気がつかなかった。
恐る恐る視線を落とすと、私の体に回された、パパの腕が目に入った。
「……どうしたの?」
「葵もとうとう17歳になったね。ますますママに似てきたよ」
耳元でパパの声が聞こえ、首筋がぞくりとした。
……もしかして、そんな私を見てママのことを思い出しちゃったのかな?それで寂しくなっちゃった?
パパとママは高校生の時から付き合っていたと聞いていた。私も今はその歳だ。
普段からハグをしているならまだしも、私とパパにはそんな習慣はない。
だから……
大好きなはずのパパのこの行動に、少しだけ嫌悪感を抱いてしまった。
体が強張り、私は手にしていたスポンジを、ぎゅっと握り込んでいた。




