37 計画通り
「おかえり」
「ただいま」
パパはいつも通り、帰ってくるとすぐに私にハグをした。
「……香水つけてるの?」
また……匂いが移ってしまったんだ……。
さっきぬいぐるみに、香水を吹きかけたばかりだから……。
「……少しだけ……」
「んー……いい匂い」
「ふふっ。ごはんできてるから、早く手を洗ってきて?」
「うん。その前に……」
パパは私から離れると、前と同じように両肩を掴み、目線を合わせてきた。
「今日は何してたの?」
え……?
……パパは……
あの目をしていた。
でも……私はそんなに慌てることはなかった。薫くんとの作戦があったから。
「パパね、今日お昼に家に戻ってきたんだけど、葵いなくてさ。だからスーパーにでも行ってるのかと思ったけど、いつまで経っても、クレカの使用通知がこなかったよ?葵、一体外で何をしてたの?」
私は落ち着いたままこう言った。
「今日ね、100円ショップに行ってたの。でも、クレカ忘れちゃって……」
「なんで?クレカは財布に入ったままでしょ?」
「……クレジットカード、新しくなったでしょ?だからね?昨日、ネットショップに、新しいカードの情報を登録をしてたの。それで……財布にしまい忘れちゃった」
「あー……確かにカードの登録が必要だね。何か欲しいものでもあったの?」
そこでパパは私から離れ、ダイニングのイスに座った。私も同じように、パパと向かいの席に座った。
私はスマホの画面をパパに見せた。
「圧力鍋?」
「うん。これなら角煮なんか、時短でほろほろに作れるよ?」
「ははっ。確かにそうだね。それにしても、葵はうっかりさんだね。それで?100円ショップでは買い物できたの?」
「うん。パパが前に、少し現金を持たせてくれてたから……」
「ああ、そうだったね。それで?何を買ったの?」
……すごい……。
全部薫くんの言った通りに会話が進んでる……。
「クリスマス用の飾りを、少し買い足したくて、色々見てたら時間がかかっちゃった」
「あ……あれとか、今日買ったやつ?」
パパはテレビ台に飾っていた、サンタ帽を被った小さい雪だるまの人形を指差し、そう言った。
「うん。そうだよ?可愛いでしょ?」
「ふふっ。うんっ。可愛い。葵が選びそうなやつだ」
大丈夫……。
パパは私が言ったことを信じきっていた。
すごいよ……
薫くん……本当にすごい……。
この時の私は、パパに嘘をついている罪悪感を覚えるというよりは、薫くんと立てた計画を、ただただ遂行することにだけ集中していた。
これならまた……薫くんに色々と相談すれば、会う時間を作れるかもしれない……。
ひとりで……悩む必要なんてなかったんだ……。
今回、それを薫くんは証明してくれた。
ごはんを食べ終わり、自分の部屋へと行くと、着替えを手に取り浴室へと向かった。
髪を洗い、体を洗うと湯船へと浸かった。そこでスマホを手に取り、薫くんにメッセージを送る。
『今日はありがとう。全部うまくいったよ』
なんだか悪いことをしているような感覚にもなったけど、それよりも、薫くんとの作戦がうまくいったことの方が嬉しかった。
『本当に?ならよかった』
『うん。たぶん大丈夫だと思う。パパ、上機嫌だったから』
『それならよかったよ』
『来月はいつ会えるかな?』
ちょっと、積極的すぎるかな……?
グイグイいきすぎたかな……?
『ちゃんと時間作るから、不安にならないで?』
あー……
失敗した。聞き方間違った。
薫くんに.……
心配をかけてしまった。
『なんてね。会えなくても大丈夫だよ。薫くんが忙しいのは知ってる。困らせちゃってごめんね』
私はそう返事をした。
『僕は違うけど?』
え……
『僕は会えなくても大丈夫じゃないんだけど』
……。
『今日だって連れて帰りたかった』
ちょっと待って……
『あのまま、僕の家に連れ去りたかった』
薫くん……?
『僕はそう思ってたけど、葵ちゃんは違うの?』
そんなの……
そんなの、そうに決まってる。
『同じ』
『え?』
『薫くんと同じ』
あの時……本当はまだまだ薫くんと一緒にいたかった。
帰りたくなんて……なかった。
しばらく返事はこなかった。
あー……恥ずかしい。
私はそっと、メッセージアプリを閉じた。それからスマホは見ずに、ただただ音楽を流していた。
お風呂を出ると、パパにこう言われた。
「葵、もう寝ようね」
「……はい……」
私は、パパに促されるままに、ベッドへと向かった。
次の日……
朝起きると、薫くんからメッセージが届いていた。
『僕もだよ?僕も同じ』
『もう寝ちゃったかな?』
『おやすみ。また明日ね』
薫くん……
私はベッドの中でそのメッセージを確認していた。パパはもう起きている。
「葵、今日は朝食、食べられそう?」
「うん。もう起きるよ」
とりあえず既読だけつけて、私はベッドから起き上がると、洗面所へと向かった。
色々と済ませるとダイニングに行き、パパが作ってくれた朝ごはんを、二人で食べた。
それからパパを見送ると、ソファに座り、スマホを手に取ると薫くんに返信した。
『おはよう。今日もいい天気だね』
すると、すぐに返事がきた。
『おはよう。昨日、また僕悶絶してたんだけど』
……悶絶……。
なんか……朝から顔が熱くなる……。
なんて返そう……。
『私も』
短くそう返事をした。
『ちゃんと時間作るからね?不安になることなんてないんだからね?僕を信じて?』
薫くん……優しいな……。
『うん。大丈夫。信じてる』
『また色々と考えておくからね』
『うん。ありがとう』
心が……
潤っていく……。




