36 大好きな時間
もう……恥ずかしすぎて、顔から火が出てしまいそうだった。
「葵ちゃん、こっち向いて?」
私は言われた通りにした。
「そんなに照れちゃって……ホント可愛い」
「……早くお弁当食べて……」
「ははっ。それもそうだね」
薫くんはお弁当を膝の上に置くと、蓋を開けた。
「わぁ……今回も美味しそう……。クリスマスっぽくしてくれたんだね」
嬉しい……気がついてくれたんだ。
私は星型にしたニンジンのグラッセを入れたり、うずらの卵と、赤ウインナーを駆使して作った、雪だるまも入れていた。
薫くんは前のように、私に向かって「いただきます」と言うと、早速食べ始めた。
「うんっ。どれも美味しいっ」
「本当に?」
「うん。美味しいよ。温かい……」
「もう冷めてるよ?」
「味が温かいの」
温かい……
そっか……薫くんはそう感じてくれてるんだ……。
なんだかそう言ってもらえて、胸の奥がくすぐったくなった。
私たちはそのあとも、色々と話していた。
気がつけば薫くんはお弁当を食べ終わり、クッキーの袋のリボンを解いていた。それから、クッキーをひとつ摘むと、ひとくち食べた。
「……美味しい……」
「甘すぎない?」
「うん。すっごく美味しい。はぁ……もう幸せ……」
……幸せ……?
私も……。
「寂しいクリスマスイブにならなくてよかったよ。今日は来てくれてありがとう」
「薫くんが、色々と考えてくれたから……」
「ううん。僕が会いたかったから」
……。
なんで……
私が言い出したことなのに……。
今度は胸の奥がきゅっとした。
薫くんは、クッキーを数枚食べると、「残りは帰ってから食べるね」と言い、小さいバッグにしまっていた。
それからまた、他愛もない話をしていると、薫くんは立ち上がった。
「ちょっと僕について来て?」
私は言われるがままに、薫くんのあとを追った。
すると……人が少なく、死角になるような場所に連れてこられた。
それから……薫くんは私のことを抱きしめてくれた。
「せっかく葵ちゃんが、僕に気を遣って香水をつけてこなかったんだから、こうしないとね」
「っ……もうっ……いじわる言わないで……ください」
「ははっ。いじわるじゃないよ。僕もこうしたかった……。だからありがとう」
薫くんの体温が伝わる。
薫くんの匂いを感じる……。
……安心……する……。
私も薫くんの背中に腕を回し、抱きしめた。
しばらくの間、二人とも何も言わずにそうしていた。
静かな時間……。
穏やかな時間……。
私が……大好きな時間……。
そう思ってると……
薫くんは腕の力を緩め、少し私から離れた。
「上向いて?」
私は言う通りにした。
すると薫くんは、左腕は私の体に回したまま、右手を私の頬に添えた。
「可愛い……今日はありがとね」
「……私もありがとう……」
「次に会うのは来年になっちゃうけど、また二人で色々と“作戦”を立てようね?」
「うん……」
「……もう一度、また抱きしめてくれる?」
「……はい……」
私はまた、薫くんのことを抱きしめた。薫くんもぎゅっと……私のことを抱きしめてくれた。
そのあと、薫くんは私に小さい袋を手渡してきた。
「これ、前に言ってた香水と、アトマイザー。葵ちゃんっぽいのを見つけて買ったんだけど、どうかな?開けてみて?」
私たちは、近くにあったベンチに座った。
中身を確認すると、アトマイザーは淡いピンク色や紫色のお花柄のものだった。
「かわいい……」
「よかった。既に中身は入れておいたから、すぐに使えるよ」
私はキャップを外すと、それを鼻に近づけた。
「……薫くんの匂い……」
「ははっ。僕にとっては、葵ちゃんの匂いなんだけどね」
もう……心臓が……壊れちゃう……。
「また連絡するからね」
「うん……私も……」
少しだけ北風が吹いてきた。
冷たく乾いた風が、頬を撫でていた。
「もうすぐタクシーが来るから、地元に着いたら予定通りの行動をしてね?」
「うん。わかった」
私がそう答えると、やっぱり薫くんは優しく微笑んだ。
薫くんが手配してくれたタクシーに乗り込み、地元に到着すると、私はすぐに100円ショップへと向かい、買い物をした。
家に帰ると、すぐにシャワーを浴びた。
……幸せだったな……。
たったの1時間にも満たなかったあの時間。
薫くんと一緒にいたのは、その程度の時間だったのに、とても幸せだった。
シャワーから出て、髪を乾かすと、私はすぐに自分の部屋へと向かい、あのぬいぐるみを抱きしめた。
匂いが……弱くなってる……。
私はまた、そのぬいぐるみに香水を吹きかけると、乾くのを待ち、それから抱きしめた。
薫くん……。
しばらくそうしてから、薫くんから貰った香水は、今は使わなくなったバッグにしまい、クローゼットの上の棚の奥の方にしまった。アトマイザーは、メイクポーチにそっと忍ばした。
次に会えるのは来年か……。
薫くんは、また色々と“作戦”を立てようと言ってくれた。
薫くんも……私に会いたいと思ってくれてるんだよね?そう思っていいんだよね……?
私は1階に下りると、100円ショップで買ってきたもので、部屋の中を彩った。




