35 移り香を気にして
あの日から、薫くんとは二人で色々と作戦を立てていた。
それから……薫くんと会う日は12月24日、クリスマスイブに決定した。25日は、毎年パパとクリスマスを過ごすから、私は朝からケーキを焼いたり、料理の下準備で大忙しだ。だから24日に会うことになった。
それに……クリスマスイブに会うなんて、なんか恋人同士っぽい……。
会うのはお昼だけど、少ししか会えないけど。
それでも、会えるだけで十分だ。
「ははっ。どうしたんだ?なんか葵、楽しそうだね」
パパは今日、お休みだ。
二人でお昼ごはんを食べてる時に、パパはそう言ってきた。
「だってもうすぐクリスマスだよ?」
「そうだね。葵はクリスマスが好きだもんね」
「うんっ。今年もケーキと、料理、頑張って作るねっ」
「楽しみにしてるよ」
私はパパが作ってくれた煮込みうどんを啜った。
あったまるなぁ……。
「葵。今年はサンタさんからじゃなくて、パパからプレゼントを用意してるからね」
サンタさんって……。
そういえば、パパはずっとサンタさんをしてくれてたな。それは別にパパがサンタの服を着て……とかではなく、朝起きたら枕元にプレゼントってやつ。まだ私が信じてると思ってるのかな?でもこういうのって、なんか言いづらい。
「ありがとう」
本当に楽しみだな……クリスマスイブ……。
着ていく服は、この前薫くんが選んでくれた服にして、イヤリングも薫くんが選んでくれたものにしよう。
私は毎日、その日を楽しみにしていた。
23日になり、私は朝から明日の準備を色々としていた。明日はお弁当を持っていくと、薫くんにはすでに伝えてある。
あとは内緒でクッキーも作って持っていこうと思っていた。だから今、そのクッキー生地を作っている。
明日、パパが家を出てからクッキーを焼いて、残りは夜にパパと食べよう。
生地作りが終わると、お弁当用にアスパラの肉巻きや、鶏肉の照り焼きの準備をして、これも明日、焼けばいいだけの状態にしておく。あとは、卵焼きや、ほうれん草のソテーなんかは明日作って……
そうやって考えるだけでも、とても楽しくなった。
キッチンについている窓から外を見てみると、青空が広がっていた。
薫くんもこの青空、見たかな……?
私が空のことを話すたびに、薫くんは“からかってるの?”と聞いてきた。
それほど薫くんの中では恥ずかしかったのかな?
私はその度に照れた声を出す薫くんが可愛く思えて、やっぱり本当のことは言わないままでいた。
あの時の私は、その言葉に救われたんだよって……。
体調も良く、さっきかけたクリスマスソングに合わせて、鼻歌を歌いながら、私は料理をしていた。
24日当日。
朝から大忙しだった。
パパを見送ると、早速オーブンを予熱で温め、お弁当の準備をする。予熱が完了すると、天板にクッキー生地を並べ、焼き上げる。またその間にお弁当のおかずを……。
昨日、色々と準備をしていたから、段取りよく進めることができた。
それらが全て終わると、今度は自分の支度だ。
メイクをし、ヘアセットをする。着替えてから最後にイヤリングを着けると、鏡の前に立った。
……大丈夫だよね?
それから最後に、試供品の香水瓶を手に取り、手首に向かって……
その時……この前ぬいぐるみから、匂いが移ったことを思い出した。
今日はやめておこう……。
薫くんに、匂いが移っちゃったら、迷惑をかけちゃうもんね……?
時間を確認すると、まだ余裕があった。
よかった。これなら落ち着いて家を出ることができる。私はバッグの中身を確認してから、それとコートを持ち、リビングのソファにそれらを置くと、キッチンへと向かった。
焼き上がったクッキーが冷めたのを確認すると、家にあったラッピング袋に入れてリボンを結んだ。お弁当も冷めていたから蓋をして、巾着袋に入れると、キュッと紐を引っ張った。
クッキーとお弁当を小さなトートバッグに入れ、また時間を確認する。
もうそろそろ出ようかな……。
私はコートを羽織ると、バッグとトートバッグを手に持ち、外へ出た。
今日もありがたいことに青空だ。
思わず心が躍る。
薫くんに……今から会えるんだ。
足取りはとても軽く……おそらく今の私の顔は、緩みきっていると思う。
ひとりで歩いているのに、周りから見たら、“変な人”って思われちゃうかな……?
でもいいや。
そんなふうに思われても別にいい。
目的の場所に着くと、すぐにタクシーも到着し、それに乗り込むと薫くんの病院へと向かった。
病院に着き、中庭へと向かう。
日差しが当たるとポカポカとしていて、暖かかった。
私は前と同じベンチに座り、薫くんのことを待っていた。
薫くん……クッキー喜んでくれるかな……?
会いたい……。
早く会いたい……。
薫くん……。
「お待たせ、葵ちゃん」
そんな声が聞こえて、目線を動かすと、いつの間にか、薫くんがそばにいた。それから薫くんは私の隣に座った。
「お疲れさま」
「来てくれてありがとう」
「ううん。私の方こそありがとう。薫くんのおかげで来ることができたよ」
「ふふっ。今日も可愛いね。僕が選んだ服と、イヤリングだよね?それ」
「うん。どうかな……?」
「立って見せて?」
私は薫くんの言う通り立ち上がると、薫くんの前に立った。
「すごく似合ってる。可愛いよ」
「……よかった」
恥ずかしいけど……嬉しい……。
「照れた顔も可愛い」
顔が熱くなる……。
私はまた薫くんの隣に座ると、お弁当が入ったトートバッグを手渡した。
中を確認した薫くんは、クッキーの袋を取り出した。
「これ……手作りクッキー?」
「うん。さすがにケーキは作れないから、せめてクッキーでもって思って」
薫くんは私の左手を握ってきた。
「ありがとう。すごく嬉しい。お弁当を食べ終わったら、このクッキーも頂くね」
柔らかい笑顔で、薫くんはそう言ってくれた。
よかった。喜んでくれた。
そう思ってると、薫くんの顔が私の体に近づいた。
「……香水、つけてないの?」
「あ……薫くんに匂いが移ったら、迷惑かけちゃうと思って」
私がそう言うと、薫くんは少しポカンとした顔をしてから、すぐに笑顔になった。
「葵ちゃん」
「はい」
「ぎゅうぅぅってしないと、香水の匂いなんてそうそう移らないよ?」
薫くんは自分を抱きしめるようにしながら、そう言った。
あ……
これじゃあ私……そんなことを考えてたって思われちゃう……。
いや……考えてたから、香水はつけなかったんだけど……。
急にとんでもなく恥ずかしくなり、私は両手で顔を覆った。




