32 私はやっぱり……
今後、薫くんが4月から、時間が取れるようになったとしても、私の方で時間が取れるかわからない。
“図書館”を口実に使うのは、雫ちゃんの件があったから避けた方がいいし、毎月ひとりで買い物に行きたいと言うのも、無理がある。下着だってしょっちゅう買うわけでもないし、なにか……ひとりで出歩く理由が欲しい。
この前散歩の話をしたら、パパは賛成してくれたけど、散歩なんてせいぜい1〜2時間程度しか時間が稼げない。
結局……薫くんの忙しさが落ち着いたとしても、私たちが会える時間が増えるわけじゃないんだ。
そう思うとこの前のデートは、おおげさかもしれないけど、奇跡に近かったのかもしれない。
何も……いい考えが思い浮かばない……。
本当は、クリスマスイブにでも、薫くんの研修先の病院に行こうかと思っていた。
だけど……なにも理由が思い浮かばない。
やっぱり、もう今年は会えないの……?
私は目の前の教科書をボーッと眺めながら、そんなことを考えていた。
今日も勉強が進まないな。
薫くんとは、毎日電話ができるわけではない。
声が聞きたい……。
寂しい……。
前まではこんなふうに思わなかったのに。
ただただ“会いたい”とだけ思っていた。
だけど、今はそんな感情に加えて“寂しい”と、強く思うようになってしまった。
また……抱きしめて欲しい……。
私はたまらなくなり、ベッドに横になると、ぬいぐるみを思い切り抱きしめ匂いを嗅いだ。
なんだか、薫くんとの距離が近づけば近づくほど……胸が苦しくなる。
スマホを手に取り、時間を確認した。そろそろ12時になる。今日は声を聞けるかな……。最後に声を聞いたのは3日前だ。会ったのは10日前。1日1日がこんなにもゆっくりと進むだなんて……。
1階に下りて、パパが作り置きしてくれたお昼を温めて食べた。毎日じゃないけど、パパは私の体調がいい時でも、定期的にお昼を用意してくれる。
ごはんを食べながらも、薫くんのことばかり考えていた。
やっぱり……どうしたって、薫くんとの未来が想像できない。
今日は13時になっても薫くんから連絡はなく、14時を過ぎた頃には、私はめまいがし始めた。
だめだ……。
勉強なんてできない。
目が回る……。
そのまま自分の部屋のベッドで眠った。
「葵……」
パパの声で目を覚ました。
「なんですぐパパに連絡してくれなかったの?」
「……パパ……診察……」
「いつも言ってるでしょ?いいんだよ?こういう時のために、病院にはパパ以外にも先生がいるんだから」
……気持ち悪い……吐きそう……。
「葵?もしかして気持ち悪い?」
「……ん……」
するとすぐに、パパは洗面器を持ってきてくれた。
「今吐きそう?」
「……」
目が回る……。
何も考えたくない……。
口の端から涎が垂れるのを感じた。パパはそれをティッシュで拭ってくれた。それから背中をさすりながら、枕元に洗面器を用意してくれた。
「吐けそうなら吐いて?」
心配そうなパパの声が耳に届く。
ごめんなさい……迷惑かけて……。
「話すのも辛い?」
「……ん……」
「わかった。ならもう、無理して話そうとしなくていい。今からパパは、病院に点滴を取りに行ってくるから、ちょっと待っててね」
症状がひどい時は食べることもできず、吐いてばかりだから、家で点滴をすることがあった。
すぐにパパは帰ってくると、私に点滴をしてくれた。
スマホ……確認したい……。
薫くん……
そんなふうに考えてると、急激な吐き気に襲われ、私は洗面器に顔を突っ込んだ。
パパはその間、ずっと背中を撫でてくれた。
「……パパ……」
「ん?」
「……ごめん……」
私はやっとの思いでそう言うと、パパは困ったように笑った。
「葵はもう……なんでそんなにいい子なの?パパは葵のパパなんだから、どんなことがあっても葵を守るよ?」
いい子……
じゃない……
私は……
“いい子”なんかじゃない……。
パパは、吐いて汚してしまった、私の口周りをタオルでキレイに拭ってくれた。
朝目を覚ますと……体調は昨日よりはマシになっていた。
めまいはないし、吐き気もない。パパが点滴をしてくれたから、脱水症状も起こしていなかった。
また痛感してしまった。
──私は……
一生自立なんてできないのだと……。
「葵、気分はどう?」
「……よくなった」
「ならよかった。お粥にする?スープがいい?それとも缶詰のみかん?もし何も食べられそうにないなら、また点滴を──」
「みかん……」
「わかった。今用意してくるからね」
パパは私に缶詰のみかんを食べさせてから、薬を飲ませてくれた。
パパが家を出る音を確認すると、スマホを手に取り、メッセージの確認をした。
薫くんから数件きていた。
『ごめん。忙しくてお昼に連絡できなかった』
それは昨日の夜にきていたメッセージだった。
それから数件、メッセージは続いていた。
『葵ちゃん?』
『もしかして具合悪くなっちゃった?』
『それとも僕が何か不安にさせちゃった?』
『また変なこと考えてないよね?僕を避けるようなことはしないでね?』
『しつこくメッセージ送っちゃってごめん。なんかまた、葵ちゃんが自分を責めてるんじゃないかと思って……』
『それともやっぱり、具合が悪くなっちゃった?』
薫くんからは、そんなメッセージが届いていた。




