29 幸せな時間
薫くんが選んでくれた洋食屋さんは、どうやら老舗のようだった。雰囲気のある店内は、アンティークっぽい可愛いランプが吊るされていて、テーブルやイスも、ランプと同様、アンティーク調のものだった。
なんか……すごくデートっぽい……。
スタッフに案内され、席に着くと早速メニューを開いた。
「ここね、ハンバーグと、オムライスが人気なんだって」
私はメニューに視線を落とし、薫くんが言っていたハンバーグとオムライスを見てみた。そこには思わずごくりとしてしまいそうなほどに、美味しそうな写真が載っていた。
「薫くんは何にするの?」
「んー…どうしようかな。葵ちゃんは?なにか気になるのはあった?」
どうしよう……どれも美味しそう……。
店内にはジャズが流れ、その他には、楽しそうに会話をする声が耳に届いてきた。でもそれは、騒がしいものではなく、みんな食事を楽しみながら、ゆっくりとこの時間を楽しんでいるような感じだった。
「ハンバーグも、オムライスも、蟹クリームコロッケも美味しそう……」
「そうだね。どれも美味しそう」
薫くんも、メニューをじっと見ていた。
「決まった?」
「……薫くんが言ってた、ハンバーグにしようかな」
「じゃあ僕は、葵ちゃんが迷ってたオムライスにしようかな。あと蟹クリームコロッケ。僕のを少し分けたら、全部の味を楽しめるよ?」
優しく微笑みながら、薫くんはそう言ってくれた。
でも……そんなの……
「いい」
「え?」
「薫くんは、薫くんが食べたいものを食べて?」
「……」
「……次……」
「ん?」
「次にここに来た時に、オムライスを食べるから、薫くんは自分が食べたい物を選んで?」
私がそう言うと、薫くんはさっきよりも優しく微笑んだ。
「うん。そうだね。そうしようか。また一緒に、ここに来ようね」
私……もしかして今、すごいこと言っちゃった?
どさくさに紛れて、大胆なこと言っちゃったんじゃない?
当たり前のように、“次にここに来た時に”って……。
「葵ちゃん、エビフライ好き?」
「うん」
「じゃあ僕はエビフライにする。ひと口あげるね」
「じゃあ私も」
二人とも食べる物が決まり、注文をした。
料理が届くと、さっき薫くんが言っていた通りに、お互いの料理をひと口サイズに切り分けシェアした。
「んーっ、エビフライ美味しいっ」
「もっと食べる?」
「ううん。大丈夫だよ」
「いいよいいよ。もっと食べな?」
薫くんはそう言って、またエビフライを切り分けて、私のお皿に乗せていた。私も同じようにハンバーグを切り分け、薫くんのお皿に乗せた。
結局ひと口では済まず、気がつけば私たちは、お互いの料理をシェアし合っていた。
「……葵ちゃん……」
「はい」
「体調が良い日も、院長と同じベッドで寝てるの?」
……そう聞いてくるってことは、親と一緒に寝ることは、“普通”のことじゃないってことなのかな……。
でも……私にはパパと一緒に寝る理由はちゃんとあるし……。
「うん。一度ひどく体調を崩してから、そうなってる」
「でもそれって最近のことなんだよね?」
そう……だな……。
「変……?」
「ん?」
「親と一緒に寝ることって、変なことなの?」
私がそう質問をすると、薫くんは黙ってしまった。
私は、何か変なのかな……。
親と一緒に寝るのって、そんなに変なのかな……?
でも大家族なんかは、みんなで寝てたりするよね?だから別に変なことではないよね?
「……ううん。ごめんね。ただ聞いてみただけなんだ」
なんだろう。この違和感は……。
薫くんは何か考え込んでいるようだった。
でも……雫ちゃんは普通だって言ってたし……。
そのあとはまた、薫くんは普通になり、このあと何をするかの話なんかをしていた。
食事も終わり、食後のドリンクを楽しんでいると、薫くんは小さい紙袋を手渡してきた。
「なに?」
「開けてみて」
その袋を見てみると、私がさっき買おうか悩んでいたイヤリングが入っていた。
「これ……」
「うん。さっき似合ってたから。あと僕が可愛いと思ったのも買っちゃった」
ひとつひとつ取り出してみると、袋の中には3つのイヤリングが入っていた。
「少し早いけど、僕からのクリスマスプレゼント」
今回、私が入ったアクセサリーショップは300円ショップではない。ひとつ1500円以上はするお店だった。なのに3つも……。
「私……何も……」
「僕が葵ちゃんに似合うと思って、勝手にしたことだから」
「……でも……」
「迷惑……だったかな……」
私はどうやってお返しをすれば……
「もしかしてまた、“お返し”のこと考えてる?」
薫くんは、しっかりと私を見てそう言った。
「前に僕、言ったよね?そんなふうに考えないでって。僕は葵ちゃんが楽しそうにしていたり、笑っているだけでいいんだから」
「なんでそんなに……」
私が呟くようにそう言うと、薫くんはただ優しく微笑むだけで、何も言わなかった。
洋食屋さんを出ると、ゲームセンターへと向かい、薫くんはクレーンゲームで猫のぬいぐるみを獲ってくれた。ぎゅっと抱きしめられるくらいの大きなぬいぐるみ。柔らかい生地で、くたっとするような、抱き心地のいいぬいぐるみ……。
家に帰ったら、これに少しだけ香水を吹きかけてみようかな……。
そうしたら、薫くんとハグをしているように感じるかもしれない。
私は密かに、そんなことを思っていた。
──その時の私は、まさかそのぬいぐるみが、私の一番大切な宝物になるなんて思ってもいなかった。




