27 香り
朝から私は慌てていた。
パパを送り出したあと、時間を確認しながらメイクをしたり、髪を巻いたりしていた。服はもう決めていたから、それで悩む必要はない。
でも……今日はなんだか気合いを入れたかった。
いつもとは違うデートだから……。
いつもよりも長い時間、薫くんと一緒にいられるから……。
それでも夕方には解散しないとなんだけど。
だから私にとって、勝手に今日は“特別”だと思っていた。
メイクやヘアセットを済ませると、ワンピースに身を包み、この前とは違うイヤリングを着けた。
鏡の前に立ち、全身を確認する。
前を見て、横を見て、体を捻り後ろ姿も確認した。
あ……そうだ。
私は手鏡を用意すると、合わせ鏡をして、後ろ姿や、髪型を確認した。
大丈夫かな……変じゃないかな……?
また時計を確認すると、あと10分で家を出ないといけない時間に迫っていた。
バッグの中身も、昨日のうちにすでに準備していた。もう一度確認する。
コンパクトミラー、メイク直し用のリップやパウダー、ポケットティッシュ、パパから貰った少しの現金と、いつものクレカが入ったお財布、スマホ。
それから、薫くんからもらったタオルハンカチ……。
よし。大丈夫。
私はコートを羽織ると、早速家を出て、駅へと向かった。
ああ……楽しみだな……。
早く会いたいな。
頭の中は、薫くんでいっぱいだった。
今日は電車移動だから、私たちは私の最寄駅で待ち合わせをしていた。
駅に着くと、すでに薫くんがいた。
私の姿に気がつくと、薫くんは優しく微笑み、駆け寄ってくれた。
「お待たせ」
「僕もさっき着いたところだから」
あれ……?
薫くんから、いい匂いがする……。
「……いい匂い……」
「本当?そう思う?」
思う……。
私たちは駅に向かいながら話していた。
「この匂い好き?」
「香水?」
「うん。あまり強くないやつ。近づいた時にふわっと香る程度の」
確かに、嫌な感じは全然しない。
「それでどう?この匂い好き?」
「うん。すごくいい匂い。好きな香り」
私がそう言うと、薫くんは嬉しそうにしていた。
改札を抜け、ホームで電車を待つ。
「あのね……今から僕、もしかしたらすごく気持ち悪いことを言うかもしれない」
気持ち悪いこと?
「なに?」
薫くんは小さいバッグから何かを取り出すと、私に差し出した。
「これ……」
小さい瓶……。
薫くんはその瓶の蓋を開けると、私の手を取り、手首にシュッと吹きかけた。
その瞬間、薫くんと同じ匂いがした。
それは試供品の香水だった。
「あっ、ごめん。勝手に吹きかけちゃって」
私は両手首を擦り合わせ、香水を馴染ませると、鼻に近づけ匂いを嗅いだ。
薫くんと……同じ匂いだ……。
胸の奥がトクンとした。
なに……
この気持ち……。
「本当にごめん。嫌だったよね?今からトイレに行こう?洗えばちゃんと匂いは落ちるから」
少し焦ったような薫くんが、私の顔を覗き込みながらそう言った。
「ううん……嬉しい……」
「……本当?」
「うん……」
「これあげる。今度は本品を買ってくるから、もらってくれる?」
「なんで……?」
すると、薫くんは少し照れながら話してくれた。
「匂いってさ、すごく記憶との結びつきが強いんだ。僕たち、あまり会えないでしょ?だからこうやって会ってる時は、同じ匂いを共有するのはどうかなって思ったんだ。そうすれば、会えなくても、この匂いを嗅げば、すぐに今日のこととか、僕のことを……って……やっぱり僕、気持ち悪いこと言ってるよね……」
なにそれステキ……。
それを聞いた瞬間、今日嗅いだばかりのこの匂いは、すぐに“薫くんの匂い”になった。
「嬉しい」
「本当に?無理してない?」
「してない」
「僕が勝手に選んじゃったけど、本当にいい匂いって思う?」
「思うよ」
そこで薫くんは、やっと安心したような顔をした。
「ごめんね。また僕、ひとりで色々と先走っちゃった」
そんなことを話していると、電車がきた。
平日だったから、そこまで電車内は混んでなく、二人で座ることができた。
お互いからふわっと同じ匂いが香ってくる。
なにこれ……すごく幸せな気分になる……。
「仕事中はもちろん、香水なんてつけることはできないから、アトマイザーに移して、持ち歩こうと思ってるんだ」
「アトマイザー?」
すると薫くんはスマホを取り出し、画像を見せながら説明してくれた。どうやら小瓶なんかに香水を移し替えて、持ち運べる物のようだった。
「私もそうしたい」
「わかった。それじゃあ可愛い物がないか、ネットで探しておくね」
なんだろう……頭がクラクラする……。
それはめまいからくるものではない。気持ちからくるもの……。
好きが……
加速する……。
まだ街にも着いていないのに、今が今日の最高潮なんじゃないかと思った。
それほど、私は舞い上がっていた。
今までこんなふうな幸せを感じたことはなかった。私が今まで感じていた幸せは、とても穏やかなものだった。
こんなに胸が締めつけられるような幸せは……
初めてだった……。




