26 言い訳
あと1週間で、薫くんに会えるのに、私は久々に体調を崩してしまった。これ以上ひどくなることも想定して、早めに薫くんに連絡をしておいた。
お昼になり、薫くんから返事がきた。
『大丈夫?いつものめまい?』
『うん。今はまだそんなにひどくない。でも、また吐くまでひどくなるかも』
『電話は?今できる?』
今はベッドで横になっている。ここだとパパが帰ってきたことに、すぐに気づくことができない。それに……たぶんパパは帰ってくる。
私はいつものように事情を話した。
『そうだよね。5日の件は気にしなくていいから。それにまだわからないしね。もしかしたら2〜3日経ったら落ち着くかもしれない』
だといいんだけど……。
それともうひとつ、私は懸念していたことがあった。
それは“言い訳”だ。
雫ちゃんもあの図書館を利用してるとなると、もう“図書館”を言い訳に使うことはできない。
でもまさか雫ちゃんもあの図書館を利用していたとは……今まで遭遇したことないのに。
『うん。治すことに専念するね』
『その方がいい。ゆっくり休んでね』
『また返事ができなくなったらごめん』
『大丈夫だよ。それは気にしないで?というか気にするのダメ。僕と約束できる?』
少し目が回りながらも、私の心はそれほど落ち込んでいなかった。
だって……薫くんがあんなふうに言ってくれるんだもん。
『できる』
『絶対だからね?自分を責めたりしないでね?』
『うん。ありがとね』
そうやってやり取りをしていると、足音が聞こえてきた。
「葵?起きてる?」
パパが帰ってきた。
「起きてるよ」
「お昼は食べられそう?それとも缶詰の桃とかみかんの方がいい?」
「うん。桃がいい」
「わかった。今用意するからね」
部屋から出ていくパパの背中を見ながらも、私は薫くんのことをぼんやりと考えていた。
今回のめまいは、たったの2日で治った。
これなら、薫くんに会えるかも。
あとは理由を考えないと……。
……理由じゃなくて、“言い訳”か……。
また少し、罪悪感を覚えたけど、わくわくな気持ちの方が勝ってしまい、すぐにそんな感情は消えた。
パパが休みの日に、乾いた洗濯物を一緒に畳みながらこう言ってみた。
「あのね、結局はパパのお金で買うことになるからなんとも言えないんだけど……」
「うん。何か欲しいものがあるの?」
「ある。だから近いうちに、百貨店に行ってきてもいい?」
「いいけど、行くならパパも行くよ?」
そうなるよね。
「パパにクリスマスプレゼントを買いたい」
「あー、だから話の切り出し方があんな感じだったのか」
「うん。パパのお金でパパのプレゼントを買うのって、なんか変でしょ?でもプレゼントしたいなって思ったんだ」
「そっか。葵が選んでくれるなんて嬉しいな。それなら5千円までならいいよ。パパはそんなに高いものはいらないから」
パパは本当に嬉しそうにしていた。
今度は胸がチクリと痛んだ。
私……ひどい娘だな……。
でももう、自分を止めることができなくなっていた。
パパごめん……。
ごめんなさい……。
私はある日、なんとなくつけていたテレビから、クリスマスプレゼントを話題にした番組が聞こえてきた。
そこで閃いたんだ。
パパのプレゼントを買いに行くと言えば、ひとりで出かけられるかもしれないと。
プレゼントの目星はネットで調べて、おおよそ決めていた。
だから今日、聞いてみたんだ。
日付をぼかしたのは、万が一、パパから許可が出なかった時のためだ。しつこく12月の5日に出かけたがっていたら、パパに怪しまれると思ってそう言った。
前日に言おう。
そう決めていた。
とうとうその日がきた。
薫くんには事情を話し、まだはっきりとした返事はしていなかった。
夜ごはんの時間に、パパには話を切り出した。
「あのね、昨日も今日も、体調が良かったから、明日百貨店に行こうと思って……」
「うん。わかった。天気もいいし、体調も安定してるもんね。行ってきていいぞ。ただし、急にめまいがしたら──」
「わかってるって」
「ははっ。そうだね。パパいつも言ってるもんね」
いつもの温かい食卓。
パパが優しく笑い、私も笑う。
私が好きな時間。
私が好きなパパ。
たぶんパパは、病気の私をすごく心配して、それで大事に大事にしてくれているんだ。
だから、ハグもお風呂も、パパなりのコミュニケーションなんだろうな。
たった二人だけの家族。
それを大事にしているだけなんだ。
それなのに私は……
そう思うと、また胸が少しチクリとした。
ごはんも食べ終わり、湯船に浸かりながら薫くんにメッセージを送った。
『明日大丈夫だよ。でもね、前にも言った通り、百貨店に付き合ってほしいんだ』
『よかった。会えるね。百貨店、もちろん大丈夫だよ。それにいつもドライブや散歩、カフェばかりだったから、実は楽しみなんだ』
よかった……そう言ってもらえて。
実は私もデートっぽいなって思ってて、楽しみにしてたんだ。
いや……デートだ……。
今までのも、明日のも……。
本当は薫くんにもプレゼントをあげたいな。
もう少し体調が落ち着けば、週に1〜2日くらいはバイトとかできるかな?今度パパに相談してみよう。
『私も楽しみ』
『ランチをするお店、探しておくね。洋食がいい?和食?中華?』
なんか……デートって洋食っぽい……気がする。
おしゃれな雰囲気な気がする。
『洋食がいいかも』
『わかった。洋食ね』
それからも明日の話や、今日あったことの話をメッセージでやり取りをしていた。
薫くんと話すの楽しい……。
そう思っていると、脱衣所が開く音がし、パパがドア越しに話しかけてきた。
「葵?今日は随分と長風呂だけど、のぼせてない?」
驚いて、うっかりスマホを湯船に落としそうになった。
「大丈夫だよ」
「……何してるの?」
えっと……
「スマホでマンガ読んでたら、夢中になっちゃってた」
「ははっ。そっか。頭くらくらしてない?」
「大丈夫」
「……パパが……着替えるのを手伝ってあげようか?」
嫌……。
「本当に大丈夫だよパパ」
「わかった。もし辛かったら声かけてね?」
「……はい……」
パパのあの目を思い出し、勝手に体に力が入っていた。




