22 同じ空
薫くんからはあれからも毎日連絡がきていた。
『おはよう。今日もいい天気だね。空が青くてキレイだよ』
私はすぐにメッセージを見た。
『既読つけてくれてありがとう。葵ちゃん、今空見てみて?』
自分の部屋の窓を開け、空を見上げた。
『見てる?僕たち今、同じ空を見てるよ』
同じ空……
薫くんも今、この空を……
たったそれだけで、心がじんわりと温かくなった。
私はベッドに座り、また窓の外を眺めた。
『僕は、葵ちゃんのことを迷惑だなんて思わないよ』
……。
『前に葵ちゃん、自分は周りに迷惑をかける存在だって言ってたよね?僕はそう思わない』
薫くん……
私はずっと、トーク画面を開いたままにしていた。
『大丈夫だからね?だからそんなふうに考えないで?』
会いたい……
『病気、悔しいよね。辛いよね。好きなこともなかなかできなくて、今までたくさん我慢してきたもんね?』
文字を目で追っているだけなのに、脳内では薫くんが優しくそう言っている声が響いてきた。
『僕にはね、その辛さを想像することしかできない。だからね?葵ちゃんのそういう気持ち、苛立ちでもなんでもいいから、僕に話してくれないかな?』
今度は優しい顔の薫くんが、頭に浮かんだ。
『すぐじゃなくていい。ゆっくり考えてみて?またメッセージ送るからね』
そこで私はトーク画面を閉じた。
私は迷っていた。
今後もきっと、返事が返せなくて、心配させてしまう日はたくさんあると思う。約束を破ってしまうこともきっとある。
だけど……
心は揺れている。
せっかくここまで言ってくれてるんだから、甘えてしまおうよと、心のどこかで思っている。
“だって会いたいんでしょ?”
頭の中の私が、そう言っている。
“でもまた迷惑かけるかもよ?だったら今のうちに離れちゃった方がいいんじゃない?”
さっきとは違う頭の中の私が、正論を言っている。
そんなことを色々と1時間ほど考えていた。
ずっと葛藤していた。
そうしていると、ベッドに置いていたスマホが震えた。
それを手に取り確認する。
また……薫くんからだ……。
写真が送られてきた。野良猫……?
するとすぐにメッセージも届いた。
『今日は休みで、今は散歩中。公園にかわいい野良ちゃんがいたよ』
今日……休みなんだ……。
会いたい……。
『葵ちゃんも一緒に散歩しない?』
したい……。
『なんてね。ごめんね?“ゆっくり考えて”だなんて言ったばかりなのに』
いいかな……?
いいのかな……?
本当に私……薫くんの迷惑にならないのかな?
震える指で、ゆっくりとメッセージを打ち込んだ。
多分私……薫くんに会ったらまた泣いちゃう……。
だけど……
ひと言なのに、打ち込むのに時間がかかってしまった。
するとまた追加でメッセージがきた。
『何度もごめん。さっき“なんてね”って言ったけど、僕は冗談で言ったわけじゃないから。ただ、葵ちゃんに負担をかけたくなくて……』
薫くん……戸惑ってる……?
そう思っていると、さらにメッセージがきた。
『本当にごめん。自分で何を言ってるのか、よくわからなくなってきた』
私はそのメッセージを確認してから、送信ボタンをタッチした。
すぐに既読がつき、返信がきた。
『僕も』
私が送ったメッセージは……
“会いたい”
ただこのひと言だった。
会える……
薫くんに会える……。
鼓動が早くなる。
気持ちが高まる。
パパには図書館に行くと連絡をした。
急いで支度をするも、慌ててしまって、クローゼットから引っ張り出したアウターのハンガーは、隣のものと絡まり、なかなか外れない。
さっき床に置いたバッグも視界に入っておらず、思い切り蹴飛ばしてしまった。
「大丈夫。落ち着いて……」
私は自分に、そう声をかけた。
それからなんとか支度を済ませ、家を出た。
走って待ち合わせ場所へと向かう。
途中、足がもつれそうになるのを必死で耐えると、また走り出した。
少し遠くに薫くんの姿が見える。
すぐに薫くんも私に気がつき、駆け寄ってきてくれた。
私はそのままの勢いで、薫くんの胸に飛び込むと、薫くんはしっかりと私のことを受け止めてくれた。
「ごめんなさいっ」
やっぱり私は泣いてしまった。
「謝らないで?色々とひとりで抱えこんで、不安に思ってたんでしょ?」
「うんっ……」
「メッセージでも伝えたけど、僕は葵ちゃんのことを迷惑だなんて思わないから」
「うんっ……」
「……ずっと……会いたかった……」
「私も……」
薫くんは私の顔を上に向かせると、指で涙を拭ってくれた。
「泣きたい時は泣いてもいい。でもね?ひとりで泣かないで?」
「はい……」
「僕がいるから」
好き……大好き……。
私はもう一度、薫くんのことを抱きしめた。
もう季節は冬になろうとしているのに、私の体は熱かった。
それはさっき走ってたせい?それとも……
涙が落ち着くと車に乗り込んだ。
少しドライブをしたあと、広い公園を、手を繋ぎながらゆっくりと歩いた。
落ち葉を踏むたびに、パリッと乾燥した葉が崩れていく音が耳に届く。
「……それで?今は何が不安?」
「……薫くんが……たくさん励ましてくれたから、今は大丈夫」
「本当?」
「うん」
薫くんの顔を見ながら、そう言って微笑んだ。
薫くんも優しく微笑み返してくれた。
「本当だ。今いい顔してる」
「薫くんのおかげだよ」
「……うん。よかった」
繋いでいた手を、薫くんはまたぎゅっと握り直した。
「空……本当にキレイだね」
私は空を見上げて、呟くようにそう言った。
「あ……」
薫くんからそんな声が聞こえてきたから、そちらに目をやった。すると薫くんは少し耳を赤くしていた。
なんで……?
「どうしたの?」
「……なんか僕……キザなこと言っちゃったよね……」
「え……?」
「……“僕たち今、同じ空を見てるよ”だなんて……メッセージを見返したあと、恥ずかしくなっちゃったんだ」
「ふふっ」
そうだったんだ。
「もう……笑わないでよ……」
照れる薫くんの姿が可愛くて、私はその言葉で心が温かくなったことを内緒のままにしていた。
まだまだ照れている薫くんの姿を、見ていたかったんだ。
私たちは近くにつあったベンチに座った。
しばらく話していると、おもむろに薫くんが小さいバッグから薄い袋を取り出した。
「はい、これ。もらって?大したものじゃないけど……」
なんだろう……。
私はそれを受け取った。
「見てみて?」
袋をそっと開けて、中身を取り出してみると、中にはタオルハンカチが入っていた。薄いピンク色で淵が波波になっていて、右下に可愛らしいお花の刺繍があるもの……。
「これ……どうしたの?」
「買い物してたら、ふと目について、なんだか葵ちゃんっぽいなって思って買ったんだ」
「……いつ……?」
「1週間前」
1週間前……
その頃私たちって……
「なんで?私その時……──」
「なんでだろうね。また必ずこうやって会えるって、心のどこかで思ってたのかも」
そんなふうに……思っててくれてたんだ……。
「……勝手に買っちゃってごめん。迷惑だった?」
「迷惑だなんてそんなっ……すっごく……嬉しい……」
「そんなに喜ぶようなもんじゃないよ?」
「ううん。嬉しい……」
「葵ちゃん?」
私はそう呼ばれて、薫くんの方を向いた。
「今日もかわいいよ」
薫くんはいつものように、柔らかく笑っていた。




