21 沈む心
『おはよう。今日の調子はどう?』
いつも通り、薫くんからメッセージが届いた。
私はそれを既読スルーした。
お昼になり、また薫くんからメッセージが届いた。
『今お昼。葵ちゃんは何食べた?』
夕方。
『僕は諦めないから』
そうメッセージが届いた。
私はどのメッセージにも返事をしなかった。
薫くんのことが好きになりすぎて、辛くなっていた。
夕方に“諦めない”だなんてメッセージが届いていたけど、それは私のことではない。“病気”のことを言っているんだ。
名前もない珍しい病気だから……
だからこんなに気にかけてくれるだけ。
本当は……返事をしたい。
また前のようにメッセージのやり取りをしたい。
声が聞きたい。
会いたい。
あの……優しい笑顔が見たい……
会いたい……
胸が痛い。
苦しい……
会いたい……
私は薫くんのことを思い出すたびに、胸が苦しくなっていた。
薫くんのことを思い出すたびに、涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えた。
このままの関係を続けていれば、私はもっと薫くんのことを好きになってしまう。そうすれば……今よりももっともっと辛くなる。
だったら今のうちに……。
休みの日、この前私が買った下着を、パパは手にしていた。
……なんで……
この下着は、買ってきたままクローゼットにしまったままだった。袋に入ったままだった。それが今、パパの手に握られていた。
洗濯物を片付けた時にでも見つけたのかな……。
パパはわざわざ、リビングにそれを持ってきていた。
「こんなに大人っぽいものを買ってたの?」
「……店員さんに勧められて……」
私はまた嘘をついた。
「葵もこんなものを勧められるようになったのか……」
「……やっぱり私には、まだちょっと早いよね」
「そんなことないよ。来年には葵も18歳になるんだから」
「……そうかな?」
「ねぇ……これを着て、パパに見せてよ」
「……え……?」
「今ここで、これに着替えて?」
なんで……
「……ここで……?」
「そう。ここで」
そんなのいやだよ……。
だけど……
パパのあの目を見ると、逆らえなくなる。
「……」
「葵」
「……はい……」
私はパパから下着を受け取ると、その場で服を脱ぎ、その下着を身につけた。
「……すごく似合ってるよ」
パパからのその言葉に、何も返事はしなかった。
頭の中は空っぽだった。
パパがあの目をした時は、絶対に言うことを聞かなければいけない。
なぜだかそう思うようになっていた。
「次、こっち着てみて?」
「はい……」
下着を受け取ると、またその場で着替えてパパに見せた。
パパの顔は……
うっとりしているように見えた……。
さっきまでソファに座っていたはずのパパは立ち上がり、私に近づくとハグをしてきた。
後ろに回された手は、背中を何度も撫でていた。
それが……
とても気持ち悪かった。
撫でられたところがゾワゾワとして、鳥肌がたっていた。
「はぁ……キレイだよ……葵……」
パパのそんな囁くような声にも、胸がざわめき……ゾッとした。
私はあれから、度々体調を崩すようになっていた。
吐く日も増えていた。
そんな時は、やっぱりパパは懸命に看病をしてくれた。
体調がこんなんだから、雫ちゃんとも会えずにいた。
私の日々は、ただただ“パパ”だけになった。
薫くんからの連絡は朝、昼、晩の3回、毎日きていた。だけど、そのメッセージを確認することができないほど、私は寝込んでいた。
薫くんのことをブロックしたりすればいいのに、なぜだかそれだけはしたくなかった。
心のどこかで、薫くんと繋がっていたいという気持ちがあった。
避けておきながら、自分勝手だな……。
そんなふうに思う、冷静な自分もまだいた。
私は1日の大半をベッドの上で過ごすことが増えた。ここ最近は勉強もなかなかできていない。
パパが寝る時間になり、ベッドに入ってきた。
聞こえるはずのない空気の音が、聞こえるような気がした。
「まだ起きてたの?」
「……うん……」
なぜだか起きていることがバレてしまった。
「具合はどう?」
「……よくない……」
「大丈夫だよ。パパがいるからね?」
「うん……」
パパは体ごと私の方を向いていた。
それは小さな間接照明の明かりでわかった。
「葵にはパパがいるから」
「……うん……」
「パパがいれば大丈夫だから」
「……うん……」
「ずっと……パパと一緒にいようね」
パパは優しい声のトーンで、ずっとそんなことを言っていた。その声を聞いているうちに、私は眠りについた。
日に日に体調は回復し、やっと目が回らなくなった。
薫くんを避け始めてから、2週間は経っていた。
テーブルに置いていたスマホを手にすると、薫くんからのメッセージを確認した。
『おはよ。体調はどう?』
『また葵ちゃんが作ったお弁当が食べたいな』
『葵ちゃんの声が聞きたい』
『なんでメッセージ見てくれないの?今は見るだけでもいいから。返事しなくてもいいから』
『もしかして、具合悪くなっちゃった?』
毎日のようにこんなメッセージが送られていた。
そうやって読み進めていると、新しいメッセージが届いた。
『今見てくれてるってことは、やっぱり体調崩してたの?』
今……薫くんと繋がってる……。
同じ時間を共有している。
そう思うと嬉しかった。
私はそのメッセージには返信をせず、そっとスマホをテーブルに置いた。
だけど……
スマホは震え続けた。
別に着信がきているわけではない。
メッセージを……受信し続けている……。
見たい……。
薫くんが、なんて送ってきてくれているのか知りたい……。
我慢ができずに、またスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
『返信したくないならしなくていいから。既読だけつけて?お願い』
『それと気が変わったら、いつでも連絡してきてね。僕はいつでも葵ちゃんの力になるから』
『だけど、本音を言うと、また葵ちゃんに会いたい。葵ちゃんのことを抱きしめたい』
『葵ちゃんが背負ってるものや辛い気持ち、僕にも分けて欲しい』
そんなメッセージがずらりと並べられていた。
こんなに優しくされたら……
凍っていたような心が、徐々に溶け始めているのを感じた。




