20 異変
このベッドも慣れてきたと思っていたのに、私はやっぱり、たまに夜中に目を覚ましていた。
今、何時だろう。
部屋の中は真っ暗だった。
スマホを手に取り、時間を確認すると……
“使用できません。1時間30分後にやり直してください”
そう表示されていた。
なにこれ……。
今までこんなことはなかった。
なんだろう……。
私は頭がぼーっとしながらもそう思ったけど、気がつけばまた眠っていた。
朝になるとスマホは元に戻っていた。
……あれは……私が寝ぼけていたから……?
なにか勘違いしちゃったのかな……。
お昼になり、パパを警戒しながら薫くんと電話をしていた。
私は気がついたことがあった。
自分の部屋で電話をするよりも、リビングで電話をした方が、パパの帰宅に気づきやすいと……。
鍵が開いた時点で電話をすぐに切れば、バレにくい。大声で話しているわけではないから、さすがに玄関のドアの外までは話し声は漏れない。
薫くんには、急に電話を切ることもあると予め伝え、私は玄関と繋がっている部屋のドアを開けたまま、リビングで話していた。
『体調はどう?』
「大丈夫だよ」
『そっか。よかった。何か変わったことはあった?』
あ……
「あのね?」
私は自分のスマホのことを話した。
『……それって……院長が、葵ちゃんのスマホを見ようとしてるんじゃない?』
え……パパが……?
それから薫くんは説明してくれた。スマホの機種にもよるけど、スマホのパスコードを連続で間違えると、一時的にスマホが使えなくなることを。
嫌……
そんなの嫌……。
『夜中に葵ちゃんの部屋に入って、スマホを見ようとしてたのかもね』
薫くんは冷たくそう言った。
パパが私のスマホを見ようとしていること、薫くんが今まで聞いたことのない冷たい声でそう言ったことに、私はパニックになってしまった。
手が……
震える……。
私は返事ができなかった。
『葵ちゃん?』
今度は優しい薫くんの声が聞こえてきた。
「……やだ……」
『ん?どうしたの?大丈夫?』
「やだ……」
『落ち着いて?ゆっくりでいいから、話して?』
私はパパと一緒に寝ていること、寝ている時、スマホは枕元に置いていることを話した。
『……院長と……同じベッドで寝てるの……?』
「うん……私、たまに吐き気があるの。寝てる時に吐いちゃうと危ないからって……」
『……』
薫くんは黙ってしまった。
それがすごく、私の胸をざわつかせた。
「薫くん?」
『あ、ごめん。そうだったんだね……何か……されてないよね?』
なにかって何?
「普通に寝てるだけだよ」
『ならよかった』
会いたい。
もう2週間も会ってない。
前までなら2週間会えないことなんて普通だった。なんなら2〜3ヶ月会わないことの方が普通だった。
なのに今は……──
「……会いたい……」
私はずっと言えなかった言葉を口にした。
「薫くんに……会いたい……」
『……わかった。時間を作るよ。僕も会いたい。もう少し我慢できる?』
「うん……」
『……次に会ったらさ……』
「……はい」
薫くんは次の言葉をなかなか言わなかった。
沈黙が続く。
次に会ったら……?
『……抱きしめてもいい?』
その言葉を聞いた瞬間、胸がきゅっとした。
嬉しかった。
「……はい……」
『ちゃんと時間、作るから』
「はい……」
『絶対に会いに行くから』
「……はい」
私は必死に涙を堪えていた。
“嬉しい”気持ちと“複雑”な気持ちが、交差していた。
『……待ってて?』
「……はい」
そのあとはずっと、薫くんは優しい声で私のことを労ってくれた。病状を聞いたり、最近どんなふうに過ごしているかを聞かれた。
あれから数日後。
薫くんは本当に時間をつくってくれた。
3日後に会おうと言ってくれた。
私はまた、図書館に行くとパパに嘘を言い、その日を楽しみに待っていた。
なのに……
体調を崩してしまった。
めまいがする。
気持ち悪い。
吐き気がする……
あと3日で治るといいけど……。
でもそんな願いは叶わなかった。
私はこの5日間、意識が朦朧としていた。
薫くんからのメッセージを返せないほどに……。
パパはその間、懸命に看病をしてくれていた。
「パパ……」
「ん?どうした?」
「……ありがとう……」
私はパパにそう伝えた。
意識が薄れゆく中、パパは優しく笑っていた。
体調が回復すると、私はすぐに薫くんに連絡をした。
今は湯船に浸かっている。
『せっかく時間を作ってくれたのにごめんね』
『大丈夫だよ。具合が悪くなっちゃったなら、仕方がないよ』
『……やっぱり……会うの控えたいなって思って』
私は今回具合が悪くなったことを後ろめたく思っていた。せっかく薫くんが時間を作ってくれたのに、私が体調を崩して、それがなし崩しになってしまったから……。
『なんで?』
私は説明した。
だけど……
『僕はそう思わない』
そう返ってきた。
私は何度も薫くんに“迷惑”をかけてしまうからと言った。
そうだ……
このままだと薫くんに迷惑をかけてしまう。
元々叶わない恋だったんだ。
だったら……
自分で終わらせたい。
だから……震える指で文字を打った。
『さようなら』
私は薫くんへのメッセージに、そう送った。




