19 冷や汗
会いたい……。
薫くんに会いたい……。
また薫くんにお弁当を作りたい。食べてもらいたい。
薫くんの……優しい笑顔が見たい……。
私はアーティストグループにではなく、薫くんに恋焦がれていた。
部屋で勉強をしていても、ついついスマホが気になって集中ができない。
薫くんからメッセージがこないか、はたまた私から送ってみようか……そんなことばかりが頭の中を巡っていて、勉強が進まなかった。
好きな人のことを考えるのって、なんでこんなに幸せな気分になるんだろう……。
薫くんのことを考えるだけで、胸の奥がぽっと温かくなる。
好きな気持ちが膨らんでくる。
お昼の日差しが、心地よく部屋に差し込み、とても気持ちがよかった。開け離れた窓からは、秋らしい乾いた風が、レースのカーテンを揺らし、どこかの家からはお昼ご飯なのか、お肉を焼いているような匂いが漂ってきた。
どうしようかな。
メッセージ、送ってみようかな。
そう思っていると、スマホが震えた。
私はすぐにそれを手に取り、確認した。
『今休憩。体調はどう?』
薫くん……
思わずスマホを胸に当てる。
嬉しい……。
『お疲れさまです。体調は大丈夫だよ』
『よかった。今日は?電話できる?院長帰ってきちゃう?』
今日は……大丈夫だと思う。朝から体調も良かったし。
『たぶん大丈夫』
するとすぐに電話がかかってきた。
「もしもし……」
『ふふっ』
「なに?」
『声が聞けて嬉しいな』
素直になってもいいよね?
「……私も」
『うん。ちゃんと調子がいい声だね。安心した。葵ちゃんは大丈夫じゃなくても、それを隠すから』
そんなふうに思ってたんだ……。
「ごめんなさい」
『ははっ。素直だね。あ、そうそう。この前回収してくれた薬、あれも今の葵ちゃんに必要なものだったよ。副作用も出づらいものだから、安心してね』
そうだった。最近、色々なことがありすぎて、すっかりと忘れていた。薬を薫くんに渡していたことを……。
ちゃんと調べてくれたんだ。
「ありがとね」
『ううん。葵ちゃんの体のことが心配だから。あ、院長のことを信用してないわけじゃないよ?ただ僕は僕で──』
「わかってるよ」
『……』
「……どうしたの?」
『なんか今……すごく嬉しかった……』
「なにが?」
『“わかってる”って……なんか心と心が通じ合ってるように感じたから……』
少し照れたような薫くんの声が、耳に届いた。
なんだかそんな声を聞いて、私もつられて照れてしまった。
『葵ちゃん?……なんか言ってよ……』
「……嬉しくて……」
『ははっ。葵ちゃん、照れた声してる』
「っ……薫くんだってさっきそうだったよ?」
『……会いたいな……』
「うん……私も……」
薫くんとの会話に集中しすぎていたのか、私は気がつかなかった。パパが帰ってきたことに。
階段を上る足音が聞こえる。
もう近くにいる。
「ごめん。切るね」
私はそう言うと、前と同じように機内モードにした。
すぐに部屋のドアをノックされる。
「はい」
パパはドアを開け、入ってきた。
「勉強中?」
「うん」
冷や汗がじんわりと出ていた。
バレてない?
大丈夫?
「……話し声が聞こえた気がしたけど、誰かと電話してたの?」
……聞こえてたんだ……。
やだやだ……。
どうしよう。
私に電話をするような友達はいない。
薫くんとのことはバレたくない。
パパは……あの目をしていた。
なにか……
なにか言わないと。
私は頭の中をフル回転させた。
あ……図書館……。
「この前……図書館に……ハンカチを忘れちゃって……さっきそれを思い出したから、落とし物で届いてないか聞いてたの」
お願い……
信じて……。
私は震えそうな手の指を、ぎゅっと握り込んだ。
お願い。
震えないで……。
「そっか。それでどうだったの?」
信じてくれた……?
「なかった……たぶん、何かを取る拍子に、外で落としちゃったんだと思う」
「じゃあパパがまた買ってあげるよ」
パパはいつもの優しい顔に戻った。
……よかった……。
信じてもらえた……。
会話の内容までは聞こえてなかったんだ。
「今朝は体調がいいみたいだったけど、今もそのまま?」
「うん。大丈夫だよ?」
「ならよかった。お昼はちゃんと食べた?」
「食べたよ」
私がそう言うと、パパはさっきよりも柔らかく笑っていた。
「勉強はどう?進んでる?」
進んでない……。
パパは勉強の進捗状況を確認するために、ノートを覗き込んでいた。
これはいつものこと。
「ごめん。いい天気だから気持ちよくて、ちょっと外を眺めてた」
「そんな日もあるよね。ゆっくり、焦らなくていいからね?」
パパは私の頭を撫でながらそう言った。
私の心臓はまた……バクバクとしていた。
パパのあの目を見ると、やっぱり体が強張ってしまう……。
なんで……?
パパはいつだって優しいのに……。
不安になると、すぐに薫くんの顔が頭の中に浮かぶ。
さっきまで電話してたのに、もう薫くんの声が聞きたくて仕方がなくなっていた。
パパが家を出て行ったのを確認すると、私はダメ元でまた薫くんに電話をかけてみた。
だけど……休憩時間が終わってしまったのか、薫くんが電話に出ることはなかった。




