18 大丈夫
パパが病院に戻ると、すぐに機内モードをオフにし、メッセージアプリを立ち上げた。
すると、薫くんから数件の着信と、メッセージがたくさん入っていた。
『ごめん。たくさん電話かけちゃった。もしかして院長が帰ってきたの?』
『大丈夫?さっき泣いてたよね?』
『やっぱり具合が悪かったの?』
『それとも何かあった?』
『心配だから、必ず返事をしてね』
やっぱり……心配させてしまった。
私はなんでいっつもこう……
『心配かけてごめんなさい。パパが帰ってきたから、電話切っちゃった』
泣いていた理由は思いつかなくて、それだけを送信した。
きっとあとで聞かれるよね?なんて言おうかな。“怖い夢を見た”は使えない。その前にメッセージのやり取りを普通にしていたんだから。
どうしよう……。
本当の理由も言えない。
家族なのに……やさしいパパなのに……。そんなパパのことをたまに怖く思うだなんて言えない。パパの前で裸になったことも、恥ずかしくて言えない。それがすごく嫌だっただなんて……言えない。
そもそも薫くんに“裸”という単語を使うだけでも、なんだか恥ずかしかった。
なんて言おう……。
そんなことを考えていると、いつの間にか眠ってしまい、次に起きると夕方になっていた。
なんか……本当に具合悪い気がする……。
私はパパに“夜ごはんは作れない”と連絡した。めまいはない。たぶん、気持ちの問題だ。
動きたくない。
そう思ってると、スマホが震えた。
『今電話できる?』
声……聞きたいな……。
私は通話ボタンをタッチした。
『電話くれてありがとう。お昼はなんで泣いてたの?』
やっぱりそうなるよね……。
「ごめん。今後のことを色々と考えていたら、不安になっちゃって」
私は薫くんにまで嘘を……。
そう思うと心が重くなった。
『……本当に?何かあったんじゃないの?』
「本当だよ?でももう落ち着いたから大丈夫」
『ならいいんだけど……何かあったなら、ちゃんと言ってね?何度も言うけど、僕が全部受け止めてあげるから』
「薫くんはやさしいね。私……なにもお返しなんてできないのに」
また……重さが積み重なった。どんどんと心が重くなる。
『葵ちゃん』
「はい」
『僕は葵ちゃんとドライブしたり、こうやって話すだけですっごく楽しいんだよ』
「……うん」
『声を聞くだけで元気になる』
「……」
『笑顔を見るだけで、嬉しくなる』
「……」
『僕が何を言いたいかわかる?』
「……わからない」
『僕はそれだけでいいんだよ。お返しが欲しくて、こうやって葵ちゃんに接しているわけじゃない。だからその考え方はもうやめて?』
「……っ……はい……」
『……泣かないで?』
頭の中に、薫くんのやさしい笑顔が浮かんだ。
こんなの……泣いちゃうよ……。
さっきまで重かった心は軽くなり、パパのことでざわついていた胸は、少しだけ晴れたような気がした。
また……近いうちに会いたいけど……。
パパに内緒で出かけたとして、出先で具合が悪くなったら困るし……ましてや救急車騒動になんてなったら大変だ。
それに薫くんも忙しい人だから、なかなか会えない。
でも……会いたいよ……。
『少しは落ち着いた?』
「うん」
『よかった。また何かあったら、ひとりで我慢せずに、ちゃんと僕に言うんだよ?』
「はい。ありがとう」
大好き……。
電話を切ったあと、窓の外をふと見てみた。
夕日で染まった空は、少し切ないようなオレンジ色をしていた。
私はまたスマホを胸に抱えるようにすると、ずっと……薫くんのことを考えていた。
夜になり、パパが帰ってきた。
私はずっと部屋のベッドにいた。
パパはノックをしたあと部屋に入ってくると、すぐに私のおでこに触れた。
「熱はないみたいだね。よかった」
「心配かけてごめんなさい」
「いいんだよ?子どもはそういうもんなんだから。例え元気でいても心配になっちゃうんだぞ?“ケガしてないかな”とか、“嫌な思いしてないかな”とか」
今日は昨日みたいなパパはいなかった。
「親って大変だね」
「そんなことないよ。パパは葵のことが可愛くて仕方がないだけなんだよ」
……パパの目の色が……少し変わったような気がした。
勘違い……?
「ごはんは?食べられそう?お昼は果物だけだったから、少しはご飯を食べてほしいんだけど」
「お粥とかなら」
「わかった。作ってくるね」
やっぱり……パパはやさしい。
そんなパパをあんなふうに思うだなんて。
昨日のアレは、診察の一環。打撲や他に傷なんかがないか、調べてただけ。
大丈夫。
大丈夫……。
今日は家庭教師の日だ。
いつも通り、ダイニングテーブルで勉強してると休憩時間になった。
用意したお菓子を手に取りながら、アイスミルクティーを楽しむ。それから雫ちゃんとの会話も楽しんでいた。
「葵ちゃん、本当に好きな人いないの?」
「いないよ?」
「……なんか、恋をしてるように見えるよ?お父さんには内緒にしておくから、お姉さんに話してごらん?助言ができるかもしれない」
……雫ちゃんの“助言”という言葉に、一瞬心が揺らいだけど、絶対に相手は薫くんだということはバレてたくなくて、私は“そんな人はいない”と言い続けた。
その代わり、これで納得してくれるかはわからないけど、今女子高生の間で人気の、アーティストグループの名を言ってみた。
「あー、あの子たちね。今すごく人気だもんね。そっかぁ。推しができて、心が潤ってるんだね」
「そうなのかも」
「かっこいいもんね」
「うん」
「誰推しなの?」
私は、今1番人気メンバーの名前を口にした。
「王道だねぇ」
「へへっ」
「ライブのチケット、なかなか取れないらしいよ?」
「私はたぶん、ライブになんかは行けないだろうから、余計に恋焦がれているのかも」
本当に……嘘が上手になってきたな。
そんな感じがした。




