16 卑屈
お弁当でも……作ってみようかな。
薫くんはいつも院内のコンビニで買っているって言っていたから。
パパには下着を買いに行くって言えば、少し遠くまで行けるし。
……。
私はまたパパに嘘をつくの……?
でも…薫くんへの気持ちが日に日に大きくなって、自分を止められなくなっていた。
お弁当……喜んでくれるかな?
秋になってからは、晴れている日は中庭で食べることが多いって言っていたから、行くだけ行ってみようかな。会えなかったら別にそれでもいいし。ちょっとお出かけするだけでも気分転換になる。
次の日、パパを見送ると早速お弁当を作り、薫くんの休憩時間に間に合うように家を出た。
今日もメイクをして、髪型は少し大人っぽく巻いてみた。
また“かわいい”って言ってくれるかな……。
会えるかどうかもわからないのに、私は淡い期待を抱いていた。
久しぶりに電車に乗り、人の観察をしていた。
あ、あの子が着てる服かわいい。ピアスもかわいいな。今までアクセサリーを買ったことがなかったから、今度買ってもらおうかな。
そんな感じで色んな人を観察していると、駅に着き、電車を降りた。
薫くんが研修を受けている病院に着き、中庭へと向かう。周りを見渡しても、薫くんの姿はなかった。時間を確認してみると、少し早く着いてしまったようだ。
ベンチに座りながらキョロキョロしていると、少し遠くに薫くんの姿が見えた。
隣には……薫くんと同年代っぽい、キレイな女の人がいた。
……大人っぽくしてきたつもりだったのに、その女の人を見たら、自分がすごく子どものように感じてしまった。
彼女……かな……?
二人は仲良さそうに話しながら歩いていた。
急に惨めな気持ちになった。
胸がチクリと痛くなった。
そんな二人の姿を見ていられなくなり、私は咄嗟に俯いた。今日は髪を下ろしていたから、下を向くと髪が横顔を隠してくれた。
大丈夫。これなら私だってバレない。服も新しく買ったものだし、靴だってそうだ。
薫くんの声が徐々に近づいてくる。二人が通り過ぎたら、そっと静かに帰ろう。
「葵ちゃん?」
思わず体がピクリとした。
私は返事もせずに立ち上がると、病院を背にして走り出した。
顔を……見られたくなかった。
きっと今は、情けない顔をしているから……。
「待ってっ。葵ちゃんっ」
バカみたい……ひとりで勝手に浮かれて……。
その時……
足がもつれて転んでしまった。
薫くんはすぐに駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫?手、擦りむいちゃったんじゃない?ちょっと見せて?」
私の体を起こしながら薫くんはそう言い、両手を取った。
「あー、やっぱり擦りむいちゃってるね。立てる?」
今度は立ち上がるのを手伝ってくれ、脚を見ていた。
「膝も擦りむいてるね。足首は?捻ってない?」
私は頷いて返事をした。
「ちょっとここに座って待ってて?」
ベンチに促され、素直に言うことを聞いた。
しばらくすると、小さいバッグを持った薫くんが戻ってきて、擦りむいたところの手当をしてくれた。
それが終わると隣に座り、俯いている私の顔を覗き込んできた。
「……僕に会いに来てくれたの?」
その質問に、また頷いて答えた。
「それなのに、なんで逃げるようなことしたの?」
「……薫くんに……何も言わずに来ちゃったから」
「なんで逃げたの?」
私はワンピースのスカートを握り込んだ。
「……邪魔しちゃ……いけないと思って……」
「……邪魔?」
「キレイな女の人……」
「……さっき一緒にいた人は、ただの同期だよ。全然邪魔なんかじゃないよ?」
本当に……?
そこでやっと、薫くんの顔を見た。
薫くんは優しく微笑んでいた。
「僕も会いたかった。来てくれてありがとね」
さっき感じた胸の痛みはすっかりとなくなり、いつものように心地いいものになった。
あ……そうだ。
「お弁当……」
……は、さっき転んでぐちゃぐちゃになってるかもしれない。それに薫くんは、コンビニ袋を持っていた。
あーもう本当に……なんでそのことに気が付かなかったんだろう。中庭に薫くんが来る時点で、もうお昼を買っているに決まってるじゃん。私はそこまで考えていなかった。
やっぱり……浮かれすぎてたな。
「もしかして、お弁当を作ってきてくれたの?」
「いえ……」
「作ってきたんでしょ?」
「……でも、さっき転んじゃったから、たぶんぐちゃぐちゃになってると思う」
「食べたいな」
少し悩んだけど、薫くんがそう言ってくれたから、私はバッグからお弁当を出して渡した。
袋からお弁当を取り出すと、薫くんはそれを膝に乗せて蓋を開けた。
「全然崩れてないよ。どれも美味しそう」
本当だ。色々と入れたくて、おかずをギチギチに詰め込んだのがよかったようだ。
薫くんは私のことを見ながら「いただきます」と言うと、早速おかずを箸で掴み、口へと運んだ。
「美味しい。ありがとう。葵ちゃんはきっと、いい奥さんになるね」
そう言ってもらえて嬉しかったけど、同時に寂しい気持ちにもなった。
「どうしたの?」
「……私にはきっと、そんな未来はないだろうから」
「どうして?」
病気だから……そう答えようと思ったけど、なんだか理由はそれだけじゃない気がした。
最近……卑屈になってるんだ。薫くんとの距離が縮まるたびに、この恋には未来がないと思ってしまう。外で夫婦やカップルを見るたびに羨ましく感じては、妬ましくも思っていた。
こんな私のことを、きっと誰も好きにはならない。
薫くんを好きになればなるほど……私は……。
好きになる前は、こんな自分でも、優しくしてくれるパパがいて、話を聞いてくれる雫ちゃんがいて……それだけで十分幸せだったのに。
だけど今の私はなんだか……
「葵ちゃん?」
「なんとなく、そう思っただけです」
「何かあるなら溜め込まないで話して?僕を頼って?」
「ありがとう。でも大丈夫ですから」
薫くんは心配そうな顔をしていた。
「変なこと言っちゃってごめんなさい。他のも食べてみて?」
話題を変えたくて、私はお弁当を勧めた。
そのあとは普通に会話をしながら、薫くんはお弁当を全部食べてくれた。
「どれが1番好きでした?」
「全部」
「え?」
「ぜーんぶ美味しかった。僕の好きな味だった」
嬉しい……
作ってよかった……。
「また食べたいな。葵ちゃんの手料理」
「うん。また作るね」
「約束だよ?」
薫くんは無邪気に笑ってそう言った。
「うん。約束」
「あ、言い忘れてたけど、今日もかわいいよ」
この胸のドキドキは……いつかは落ち着くのかな?少しずつ慣れていくのかな?
こんなんじゃ……いつか心臓が壊れちゃうよ……。




