15 ハグ
私は薬を入手したことで、また薫くんに会うことができた。
それは薫くんの車の中で渡した。
「これ……一度掃除機の中に入っちゃったんだけど、大丈夫ですか?埃は払ったんだけど……」
「うん。十分だよ。大丈夫」
薫くんは優しく笑っていた。
それからアクセルを踏み、車を走らせた。
「体調はどう?」
その言葉を聞いて、心が沈んだ。
私は周りの人に、心配をかけたくない。迷惑をかけたくない。
「ん?どうしたの?」
こんなにウジウジとしている自分は嫌だった。
薫くんから離れたい気持ちと、このまま一緒にいたい気持ちが半々だった。
だから……
私はその気持ちを正直に話してみることにした。
「……また……僕のことを避けようとしてたの?」
車内に薫くんの冷たい声が響いた。
私はその言葉に頷いた。
「はぁ……僕はさ、院長にはまだ程遠いけど、これでも医者の卵なんだよ?葵ちゃんのことを心配したとしても、それを疎ましいだなんて思わない」
……もう……そういうこと言わないでよ。勘違いしちゃう。
すると薫くんは私の左手を握ってきた。
「ね?僕は葵ちゃんのことを助けたい」
「……ありがと……」
今はそれを言うだけで精一杯だった。
海岸通りを走っていた車は、砂浜近くの駐車場へと入っていった。今日は近くの海に行く予定だった。
季節はもうすっかりと秋になり、過ごしやすくなっていた。
手を繋ぎながら、ゆっくりと砂浜を散歩する。
穏やかな波の音が耳に届く。
あ……綺麗な貝殻……
私はそれを拾った。今日の思い出になるかも……。
そう思ってると、隣の薫くんも屈んで何かを拾っていた。
「見て?シーグラス。はい、あげる」
私はそれを受け取ると、太陽の光にかざして見た。
キレイ……。
私はお返しに、さっき拾った貝殻を薫くんに渡した。すると……薫くんは柔らかく笑い「ありがとう」と言いながら受け取ってくれた。
……。
こんなもの……男の人がもらったって嬉しくないはずなのに……。
「葵ちゃん?」
「別にいいのに……」
「なにが?」
「こんな貝殻……もらっても別に嬉しくないでしょ?」
私はその場でしゃがみ込み、膝を抱えた。
あんなこと言いたくなかったのに……。
どうして言っちゃったんだろう。
すると薫くんは、私の肩を抱くようにした。
「なんでそう思うの?僕は本当に嬉しいよ?この貝殻を見るたびに、今日のことを思い出すんだから」
「……ごめんなさい。私……お金持ってないから、こんなものしかあげられない。いつも奢ってもらってるのに……」
バイトをしたくてもこんな体じゃ働けない。
秀でた才能もないから、それで稼ぐこともできない。
私は結局……パパに養われながら生きていくしか方法はないんだ。
恋もできない。結婚もできない。
こんな私は……お荷物でしかないんだ……。
「そんなことないよ?僕は葵ちゃんとのこの時間がすごく楽しいよ?」
気がつけばまた……涙が溢れていた。
なんで……?
泣きたくなんてないのに。
なんで涙が出てくるの?
私は薫くんから離れ、立ち上がった。
「……っ…… 私は……」
生きたいように生きられないことが……辛い……。
みんなと同じように生きられないのが辛い……。
こんな守られるだけの人生が……
辛い……。
今までの“鬱憤”が溢れだしてきた。
今までずっと……心の奥深くにしまい込んできた感情……。
「私はっ……もっと普通に薫くんと出会いたかった……」
私がそう呟くと、薫くんは後ろから強く抱きしめてくれた。
「……僕は……そう思わない」
「……」
「僕はどんな葵ちゃんだって構わない。どんな葵ちゃんだって、出会えたことには変わりない。出会えたことに意味があるんだよ?」
パパにハグをされるのとは違って、すごく心地がよかった。
普通のこと……と、自分に言い聞かせてはいたものの、パパからのハグは、やっぱり違和感を覚えていた。
だけど……
薫くんからのハグ……
これはすごく心地よく感じてしまった。
「葵ちゃんは……そうは思わない?」
私は後ろを振り向き、薫くんのことを抱きしめた。
秋の砂浜を散歩している家族の声が聞こえる。
波が砂浜を打ちつける音が聞こえる。
薫くんの……
体温が伝わる。
薫くんの……
息遣いを感じる……。
好き……。
薫くんはさっきと変わらず、ぎゅっと力強く私のことを抱きしめてくれた。
「葵ちゃんは?そう思わない?」
薫くんはもう一度そう言った。
「……思う……」
「……うん……僕もそう思う……」
心臓はもう……
爆発しそうだった……。
「最近、図書館に行くこと多くない?」
家に帰り、パパと夜ごはんを食べている時に、そう聞かれた。
ここ最近、薫くんに会うことが増えたから、その口実に“図書館”というワードをよく使っていた。
「えっとね……」
パパは探るような目をしていた。
「……図書館で勉強してると……学校で勉強してるみたいな感覚になるの……」
「……」
「図書館だと周りに人がいるでしょ?だから……その……擬似体験ができるというか……」
「……やっぱり高校行きたかった?」
あ……パパを困らせちゃう……。
「ううん。大丈夫。変なこと言ってごめん」
いつから……こんなに嘘をつけるようになったんだろう……。
パパの少し寂しそうな顔を見て、また罪悪感が積み重なった。
ごはんを食べ終わると、私はいつものようにお風呂に入り、湯船に浸かりながら薫くんにメッセージを送った。
『今日は泣いちゃってごめんなさい。でも、あんなふうに言ってもらえて嬉しかった』
なんて返ってくるかな……?
返事は5分もかからないうちに返ってきた。
『謝らないで?これからも葵ちゃんが溜め込んでるものを、僕に吐き出して?ちゃんと受け止めるから』
私はその文字を見て、また涙が込み上げてきてしまった。
パパ以外に、こんなに深く関わったのは薫くんが初めてだ。雫ちゃんにも色々話してるけど……こんなに心の奥深くまで入り込んできたのは、薫くんが初めてだった。
そんなことを考えていたら、今日のハグのことを思い出した。
私……薫くんと……。
また顔が熱くなるのを感じた。
私は急に恥ずかしくなり、頭まで湯船に沈んだ。だけどすぐに息苦しくなり、湯船から顔を出すと、大きく空気を吸い込んだ。
返事しないと……
『ありがとう。薫くんがいてくれてよかった』
こんな感じでいいかな?
するとすぐに返事がきた。
『葵ちゃんのことを大切に思ってるのは、院長だけじゃないからね?僕もだからね。だからもっと僕のことを頼って?』
もう……
大好き……。




