三幕 月宗SIDE
狩衣の下は包帯だらけであろう笹音が闘技場に上がってくるのを冷めた目で見やる。
「蛇一族を手に入れただけで勝った気になるな、カラスごときが!!」
「は!だからお前は駄目なんだよ笹音」
俺を認めた笹音が目を見開き、怒りを露わにする。
普段の冷静さを欠いた当主の言動に妖狐一族がざわざわと騒ぐ声がうるさい。
俺の妖力が戻っているのは一目瞭然だが、蛇の秘薬のおかげと勘違いするという事はやはり花嫁の力をこいつもわかっていないのだろう。
「既に決着は見えてんだろ。負けを認めろ」
「私は崇高な妖狐一族の長。カラス如きに負けるはずはない!」
「そうかよ」
すぐ近くで結衣が祈るような目で俺を見ているのが見えた。
泉の如き無尽蔵の妖力。
身体中に力がみなぎり、目の前の妖狐の当主が小さい者の様に感じるほど。
「人間かぶれの阿呆鳥が。恥ずかしげもなく現世に落ちた馬鹿どもが」
「何とでも。俺らとお前らでは価値観がまるで違う」
「当たり前だ。崇高なる妖狐一族が、下民の阿呆鳥の気持ちなど分かってなるものか」
「まやかし一族に言われたかねぇな」
「成金が!!!」
「だから、それも実力だろ。馬鹿はお前だ。俺が気付かせてやる義理はないんでな。結衣は俺の女だ。おまえにはやらん」
「何を…………」
こいつは自分が結衣を目で追いはじめている事に気がついていない。
桜子がどんなに祓いの力を示そうが、俺たちが本能的に惹かれるのは結衣だ。
結衣の舞いを見た後なら尚更。
神位が高いほど結衣の舞は我らの喜びとなる。
祓いなど、俺たちでもできるのだから。
「この場で殺生はしない。諦めろ」
「何をぬるいことを…………お前が死ね阿呆鳥!!!」
腕を振り下ろして飛ばした笹音の妖波を一太刀で霧散させ、そのまま刀に全妖力を乗せていく。
体が軽い。
力が体の隅々まで巡り溢れる。
逃げる隙も構える隙も与えずに笹音の胸元に入り込み下から刀を振り上げて右腕を落とした。
焦った狐の部下達が壇上に上がり、唖然とした笹音を取り囲む。
「そこまで」
ゆったりとした落ち着いた声がして、試合が終わりを告げた。
「うおぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
八咫烏一族の地割れのような勝ち鬨が響く中、俺は俺の宝の元へ向かう。安堵と不安が入り混じった表情に苦笑する。
全て自分のおかげで俺がこの場に立てている事に気がついていない顔。
心の底から愛おしく、全ての苦難から遠ざけてやりたい。俺の唯一。八咫烏の至宝。
「結衣、来い」
倒れそうになりながらそれでも俺の元に飛び込んでくる様子に、歓喜の波が広がっていく。
華奢な体を抱き止めて、腕の中に隠す。
「八咫烏当主と花嫁結衣の契り、天命のもとに定まれり。当主、祭壇へ」
男とも女ともつかない声があたりに響く。
高い位置に鎮座する神々の観覧席に向かい一礼してから本殿の祭壇に上がる。
腕の中でポロポロと涙を流す最愛を羽根で隠しながら祭壇への階段を上って行く。
「結衣、愛してる」
「ぐすっ……うん……」
「ずっとお前が欲しかった」
泣きながら笑う結衣が愛しくて、胸の奥が静かに満たされていくのを感じた。
神殿の空気は張り詰めていて、
さっきまで命を賭けて戦っていた闘技場とは別の静けさに包まれていた。
「……みんな、見てる」
腕の中で結衣が小さく呟く。
「見せてやればいい。俺が勝った理由を」
結衣が少し驚いた顔で俺を見上げる。
結衣を下ろし祭壇前に進み出る。
その場にあぐらをかくと、左手を刀に添え、右手を前につく。
そして静かに頭を下げた。
◇◆◇
「八咫烏当主と花嫁の契り、見届けたり。
その功に従い、各々に褒美をとらす。
これより先、何人たりともこの契りを侵すこと能わず。
違える者あらば、天の理これを許さず」
男とも女とも言えないたおやかな流れるような声が響く。
祭壇全体が白金の光に包まれて、一瞬月宗様も見えなくなってしまう。
私の不安を察したのか、いつのまにか涼風がそばに来てスポンと腕の中に入った。
キラキラと光が霧散した後には同じ姿勢で頭を下げる月宗様の前に一振りの大ぶりの刀が浮いている。
月宗様はその刀を恭しく受け取ってから深く礼をし、立ち上がった。
「結衣、望みを言え」
「望み…………?あ……涼風、涼風と……!ずっと一緒にいたいです!!」
「成婚後、第一天衛を八咫烏の里に迎え入れたい」
————「能わず」
あたわず?不可能って事だよね?
なぜ?なぜだめなの!?
「だめか…………結衣、ここは引け。これ以上は不敬にあたる。他の願いを。」
他の願い?そんなものない。月宗様との事は神様が認めてくれた。月宗様が勝ったから現世に返されなくてもすむ。
その時祭壇に続く階段から声がした。
————「結衣ちゃん!!!!現世に帰りたいって願うんだ!君は人間なんだ!化け物に無理やり嫁ぐ事はない!!大学だって卒業しなきゃ!今はその男に騙されてるだけだよ!家族の所に戻っておいで!!」
「っ…………悠君…………」
悠君が祭壇途中まで上がったところで雲雀君に取り押さえられてる。
腕を後ろに捻りあげられその場で跪くような格好でなおも私に叫ぶ。
「私…………は、……」
流れる様な動作で頂いた刀を脇に差した月宗様が階段を降りていく。
体が強張り動けない。
いつも私を抱いて歩く彼が私の横を通り過ぎてゆく。
「結衣は俺の女だ。お前にはやらん」
「お前なんかに聞いてない。結衣ちゃんの幸せは現世にある!僕のそばにいれば何の心配もない。化け物に結衣ちゃんはもったいない!どうせ眷属神に人間の僕を攻撃なんて出来ないだろ!そこをどけ!僕は家族なんだぞ!」
「はぁ。気は進まんがちょっと見せろ……」
月宗様はそう言って悠君の額に指をトンと付けた。
「何、を……」
「へぇ。おまえ、結衣が先に俺に懐いた事に嫉妬したのか」
何をしたのだろう。
いつの間にか私の前に光久さんが降り立ち、後ろに小四郎君がいる。
「過去の記憶を読んだのです。あんな上級妖術をこともなげに……」
悠君の過去の記憶?
私との?怖くて逃げ回っていたしあまり接点はない様に思う。
——そうだ。私はいつも悠君から逃げていた。




