幕間
陣幕の中に入り、入り口が閉められた途端にガクンとその場に座り込んでしまう。
「っ、……わりぃ」
息が荒く、出血も多い。
八雲おじ様を呼びたいけれど、私の腰を力無く抱く月宗様の側を離れられない。
「結衣、こっち向け」
性急なキス。
息を奪うほど焦るようなキスに、彼の血で汚れた着物に縋り付く。
——「もっとだ」
——「たりない」
——「舌出せ」
合間合間に低く命じる声が落ちてくる。
唇が離れるたびに息が絡み合って、すぐにまた塞がれた。
抗う間もなく奪うようなキスが何度も繰り返される。
「っは……!すっげ」
「っ、て、手当を……あむっ」
言い終わる前にまた唇が重なる。
私の腰を抱く腕にどんどん力が入っていく。
「っ……結衣、離れるな」
そう言ってぐっと私の腰を引き寄せる。
さっきよりも強い力で。
「でも……血が……!こんなに……!」
胸元の着物は、ほとんど血で染まっている。
「八雲おじ様を呼び──」
言いかけた瞬間、また唇を塞がれた。
「ん……っ」
深く、強く。
まるで何かを確かめるみたいに、私の唇を奪う。
離れたと思ったら、すぐに額がぶつかるほど近くで見下ろされた。
荒い息。
熱い呼吸。
月宗様は信じられないものを見るような顔をして笑った。
「もう塞がってきてる」
「……なに?」
月宗様は目を閉じて、また私の唇に軽く触れた。
今度はさっきみたいな奪うキスじゃない。
触れて、確かめるような、優しいキス。
「?」
「結衣、もう一回」
「え?」
「ほら、こっち向け」
焦れたように言われて、また唇を引き寄せられる。
ちゅ、と軽く触れた瞬間月宗様の腕の力が、またぐっと強くなった。
「……っ」
ゆっくりと離れた彼が私の肩に顔を埋めて小さく呟く。
「これは俺沼るやつ…………」
「な、なに?」
「お前、本当に自覚ねぇの?」
「え?あ!?妖力!?」
月宗様が顔を上げる。
さっきまで青白かった顔に、血色が戻っていた。
「俺の妖力、ほとんど空だったんだが」
「うん?」
「試合で使い切った上に、この傷で流れてた」
そう言って、破れた脇腹を指差す。
さっきまで血で濡れていたはずなのに、
今は――
「……あれ?」
傷が、ほとんど閉じかけている。
「な、なんで……?」
私が目を丸くしていると、月宗様がにやっと笑った。
「お前のせい」
「ええ!?」
「前にも言ったろ、キスするたびに妖力が流れてくる」
「……え?」
「めちゃくちゃ濃いのが」
大きな手が私の髪を梳く。
「やっぱ無自覚かよ」
「そもそも私人間だから妖力ないよ?」
「じゃあ証明するか」
そう言って、また私の顎を持ち上げる。
「もう一回」
「な、なんでそんな嬉しそうなの!?」
「恋女房とキスすると妖力貰えて一石二鳥だからだろ」
「えぇ……」
次の瞬間また唇が重なった。
今度はさっきよりゆっくり、長く。
月宗様が満足そうに息を吐く。
「……あー……これ完全に回復コース」
「よ、良かった…………死んじゃうかと、おも、思って……!」
月宗様は少し笑って、私の額にキスをする。
————「月宗様、お着替えを」
入り口の向こうで光久さんの声がかかり、月宗様が答えた。
光久さんなら八雲おじ様を連れてくると思ったのに、後に続いたのは着替えを持ったじいやだった。
「お嬢様、あとはじいやにお任せ下さい。お嬢様は、こちらを」
そう言って涼風入りのバスケットを私に渡す。
「傷跡もありませんね。どこまで騙せるかはわかりませんが紫波殿とハク殿率いる医療団にこの後ここで待機して頂く手筈です」
光久さんが月宗様の脱いだ上半身を見て言う。
「分かった。任せる」
「坊ちゃん、血を出しすぎですぞ。お嬢様がおられなかったらどうなっていたか。あちらの姫も同じ力があるとしたらやっかいですな」
「そんなのねぇよ。…………いや、あるんだろうが笹音じゃ無理だ」
「ええ。医療部隊の紫波殿へ治療の要請がありました。こちらに情報が筒抜けになるのが分かった上で、背に腹は代えられなかったのでしょう。紫波殿が医療班をむかわせました」
「あの女を陣幕に呼ぶかだけ、小四郎に見張らせとけ」
「承知」
ぽんぽんと交わされる会話に頭がついていかない。
上半身だけ新しい着物に着替えた月宗様が私を抱き上げる。
「お、おじ様を呼ぼう」
「必要ない。だが紫波の治療である程度回復したと思わせるために後で呼ぶ」
何のために?
何の話?
「結衣だけに妖力を分ける力があるわけじゃないってのが俺達の見解だ。おそらく、桜子にもある」
「……………………………………月宗さま、桜子とキスしたもんね」
「坊ちゃん!こういうのじい知っております!墓穴!!!!」
「身から出た錆とも言いますね」
「………………………………モウシナイ………………」
濡れたタオルで目元を拭いてあげると、塞がっていた片目が開いて私を見下ろし、触れるだけのキスを落とす。
「あの時…………桜子からは妖力が無かった」
無かった?
さっきは同じ力があるって言ったのに。
「結衣、お前たち花嫁は神の愛し子。俺達が大切にしなければその力は発揮されないのだと思う。大切に、愛さなければ」
「??」
「俺はお前を愛している。だから結衣は俺に無尽蔵の妖力と癒しを与える」
よくわからない。
そんな他人任せな。
「姫様、神というのは人の愛情と感謝によって存在を保っているのです。我々眷属神も同じ。花嫁とは、お一人で万の祈りさえ凌駕する程のお力を持った人間なのですよ」
光久さんが説明してくれるけれどまだピンとこない。私には自覚がないし。
「よ、よく分からないけど、桜子も愛されたら同じ事ができる?」
「おそらくな」
「それなら笹音さんも回復しちゃうんじゃ……」
「どうだかな。たとえ桜子を呼んだとしても、あの調子じゃ妖力なんて貰えないだろ。ってゆーか過去に嫁取りがあった種族がその事を知らないという事は、花嫁を心から愛したわけじゃなかったんだろ。もしかしたらこの事実は今回初めてわかった事なのかもしれん」
月宗様の着替えが終わり、ルンルンのじいやが涼風のバスケットを持ってくれる。
月宗様に抱き上げられて、瞼やこめかみにバードキスが降ってくる。口にしないと妖力は渡せないっぽいのに、関係なしにキスされてどんどん顔が赤くなる。
————「ご宗主!平気なの!?おいちゃん来たけど!!…………!?わー…………すっごい平気そう!!!!」
八雲おじさまがなだれ込んできて目を丸くする。
「はぁ~~~邪魔が多い…………」
ボソッと呟いた月宗様が、私の頭のてっぺんにキスを落とした。




