私の神事 1 月宗SIDE
時雨と話をしたと報告を受けた日から結衣は茶室に籠るようになった。
涼風とレレしか中に入れず一日中籠る。
一華祭の概要が見えてきて、結衣を守る為に動かざるを得ず、なかなか二人の時間が取れずに歯痒かったが結衣は特段気にした風はなく、毎日茶室に入る。
祭りは夜から始まる。
祭当日の今日すら朝から茶室に籠り、俺達を寄せ付けない。
「結衣、時間だ、出るぞ」
「あ!若!もう少しかかるんで先に行ってください!後から涼風に送ってもらいますから!」
中からレレの声がして、まだ支度に時間がかかるという。
不安で泣いてやしないかと、甘やかしてやりたいのに当の本人が出てこない。
「月宗様、共同開催者として妖狐との最終打ち合わせがあります。ここは先に出ましょう」
「ああ……」
「涼風が付いております。負けなどどうという事もございません。第一天衛の涼風がいれば怪我などあり得ません」
「……そうだな」
祭で花嫁が怪我をしたらたまらないと、天衛の共闘を天に掛け合った。
天衛の働きは花嫁の審査に影響しないという事で妖狐側からも天からも諾の返事を得ることができた。
涼風さえいれば何の問題もない。
怪我なく俺の元に帰ってくるならばそれだけで。
あとは俺が結果を出せばいい。
◇◆◇
神々が神域を用意し、何百という天衛が警護に立っている。上空に布天幕が張られた観客席があり、沢山の神々の気配が感じられる。
驚いたのは悠貴が貴賓席にいた事で、花嫁のために作らせた2つの神楽殿をにこにこと興味深そうに眺める姿がここから見える。
これも桜子が天に奏上したのだろう。
人間というのは臆面もなく神に頼み事をする唯一の種族だと思う。
俺達からすれば恐れ多いという些細なことまで神域に願いに来る。
頭が良くなりますように、学府に合格しますように、恋人ができますように。
神の魂を頂いて生を受けておきながら、小さな事で神を頼りにやって来る。
神も、俺たち眷属も結局は人間が可愛いのだ。
無垢な魂は悪にも善にもなる。
分け与えた魂を何輪廻も繰り返し繰り返して磨き上げていく。
ざわざわとした観客席の声が止み、神楽殿に巫女装束の桜子が上がったのがわかった。
放たれた 禍ツ魂を次々と祓っていく。
よほど自信があるのか、予定していた下級の 禍ツ魂ではなく中級を難なく祓い、八咫烏の剣士ですら数人がかりで祓う上級の 禍ツ魂をやや苦戦しながらも見事に祓った。
会場中が割れんばかりの歓声につつまれる。
本当に力のある花嫁だと思う。
今回は部外者になった狛犬の次期宗主も複雑な表情で見学している。
「姫様の神楽殿に用意された 禍ツ魂は予定通り下級の物でした。ご安心を。————しかし、姫様がまだ……」
「怖がった結衣が来れなくとも問題はない。不戦敗なら無駄に怖い思いをさせずに済む」
その時眷属神の観客席がザワザワとわき、本殿の外廊下を執事のじじいの先導で結衣が歩いてくるのが見えた。
並んだ全ての天衛が結衣の抱く涼風に頭を下げて行く。
レレが後ろに付き、結衣の長い袖とショールを持って歩く。
「——————っ………」
舞巫女の衣装を身にまとう結衣は神々しいほどで、静かに前を向く美しい顔から目が離せない。
神楽殿に繋がる太鼓橋前に慌てて移転し結衣の手を取るとふんわりと笑いかけてくる。
「月宗様、あのときの約束を、覚えてる?見ていてね」
「約束?結衣?」
それだけ言うと美しい俺の花嫁は帯から胡桃の紅を取り出した。
真剣な顔で紅を開け、華奢な小指で蕾のような唇に色をつける。
ガキの頃の、精一杯の花嫁へのプレゼント。
「っ……結衣」
ここ最近姿を見せなかった類が飛んできて結衣の前に人化して跪く。
「姫様。神楽の者ども、すでに揃っております」
「ありがとう類君、大変だったでしょう。楽師の方達にも、予行もなく本番で申し訳なく思いますと伝えてくれる?」
「承知」
深く頭を下げてから神楽殿のわきにかけて行く。
ひな壇として一段用意された場所に、見知った様な顔が並ぶ。
「八咫烏の……神事楽師…………?」
光久が呆気にとられた顔をして彼らを見る。
「母上の……専属だった者達だ。結衣、何を……」
「月宗さま、行ってくるね」
既に神楽殿の方をむいた結衣の覚悟を決めた顔に言葉が出ない。
謎の合図で獅子丸を呼んだ涼風が結衣の腕から離れその背に乗った。
「お嬢様、こちらを」
「ありがとう、じいや」
執事から母御の形見を受け取り歩き出す。
既に舞台から視線が戻らない結衣の背を見送る。
神楽殿の 禍ツ魂は合図と共に放たれる。
涼風がいればどうという事もないが、当の涼風は神事前のワクワク感を隠せていない。
闘いに行くというのに何の警戒もしていない涼風に不安がよぎるが、今の二人に声を掛けるのははばかられ、結局言葉を呑み込んだ。
「月宗様、観覧席へ。下がりましょう」
光久の言葉に我に帰り俺は静かに頷いた。




