通達
お部屋でまったりと涼風に絵本を読んでいると、邸内がバタバタと騒がしくなり始めた。
窓を開けて窺うと、ザワザワとした喧騒がここまで聞こえる。
レモン色のモコモコ涼風が私をしきりに誘う。
「どうしたのかな?なんかあった?」
すっかり良くなった腕に涼風を抱き、小さな手が指差す方に歩くと広い中庭に面した部屋に出た。
大勢の八咫烏の人達が庭に向かい平伏している。
その先、雅な牛車が庭にとまり、沢山の布面の人達が立っている。
牛車からゆっくりと、平安貴族みたいな布面の男の人が出てきて月宗様と向き合った。
「天衛……?」
布面の男の人は月宗様に何か書簡の様なものを渡し、こちらを向く。
涼風がぴょこんと降りて縁側に立つと、全員が涼風に向かい深く頭を下げてから帰って行った。
「な、何?」
「第ニ天衛が来た」
「何で!?涼風を迎えに!?」
取り乱した私の腕に涼風がスポンと戻る。
「いや、それは違うはずだ。結衣、お前も来い」
何なのだろう。
月宗様のお部屋に通されると、四つ守さんと夜臣さんが迎えてくれた。
月宗様が書簡を開く。
折りたたまれた和紙に流れる様な神代文字が書かれていて私には読む事が出来ない。
「どういう事だ」
怒った、月宗様の声。
いつもなら月宗様に飛びついていく涼風も私の腕の中で大人しい。
「桜子か!!!あの女!!!」
「な、何…………」
————花嫁の願ひ、ここに聞き入れ給へり。
汝ら各々ひとりの眷属を選び、後ろ盾とせよ。
花嫁の力、競ひて落とすべし。
眷属は花嫁を守らむがために在るぞ。
短き時、婚約を許さず。
ニ幕三幕にて、盾の試合を行へ————
夜臣さんがスラスラと書簡を読んでくれた。
「結衣ちゃん達に力比べをさせて、負けた方を落とすとある。これは花嫁の資格を失う事を意味する」
「あ……え……?」
桜子と私が花嫁の力を競うの?
「二幕三幕にて盾の試合を行え、ってのは後ろ盾になった婿候補同士戦わせて確実に決着つけろって事だろうね。結衣ちゃんと桜子ちゃんの一幕、月宗と妖狐の当主が2回戦って二幕三幕」
涼風がぎゅうとわたしの着物の合わせを掴む。
「何のために!?桜子は悠君が好きで!」
「わざと負けて、現世に帰るつもりやろか……?」
「分からん。桜子がどうであれ笹音は本気で来るだろ」
「あちらの姫の意図が読めません。憶測で動くのは得策ではありません」
光久さんが言う。
「ご宗主同士の戦いね~~~こりゃあ見物人が押し寄せるよ、お兄さんだって見たいもの」
涼さんはいつも通りかと思ったのに、真剣な表情で額に汗を浮かべてる。
その時涼風が私の腕から飛び出して、書簡が置かれたテーブルにタンッと降り立った。
「涼風こら!俺が遊んでやるから大人しくしてろ!」
小四郎君が慌てて涼風を抱き上げようとするけれど、ひょいとかわして何か唱え、畳にトンっと六尺棒を付ける。
「382………………?」
青い魔法陣が浮かび、それを見た月宗様が呟く。陣に描かれた神代文字を読んでいる?
「四つ守は結衣を守れ」
————月宗様が言い終わらないうちに、目の前に桜子の天衛がお辞儀をして立っていた。
◇◆◇
四つ守さん達が私を囲む。
「382天衛、桜子が天に奏上を行った事は間違いないか」
スッと姿勢を正した382番が頷く。
「わざと負けるつもりか」
ふるふると首を振る姿に息を呑む。
何故?悠君の元に帰りたいのではなくて?
「勝つ事が分かっている上で勝負を挑んだとでも?」
こくんと頷く。
「悠貴を…………諦めたか」」
「ご自分の地獄への道連れという事でしょうか?」
光久が顔をしかめ、テーブルに立ったままの涼風を抱き上げる。
「どういう事っスか!?全然わかんないンスけど!?」
「自分の犠牲の上で結衣が俺といるのが許せないんだろ」
「聞いてもさっぱり分からないっス!!!」
どういう事?
悠君と上手くいかなくて、私達を攻撃する理由。腹いせ?しっくりこない。桜子は何を考えてる?
「結衣、桜子は常にお前を羨んで生きてきた」
「そんなわけ……そんなわけ無い!桜子はお嬢様で、頭だって良くてみんなの憧れで!!」
全てを持った子だと思う。
可愛らしく、頭もいい。運動も出来て人気者。
何故私と同じ大学の、しかも短大に入ったのかよく分からないけれど、桜子ならもっと上のランクの大学でも楽々入れる学力があったし、推薦だって取れたはず。
私をうらやましく思う理由は一つもない。
「それでも、事実だ。母御が早くに亡くなった事や、悠貴の事、色々あるかもしれんが桜子が大切に思う物を結衣が持っている様に見えたんだろう。しかも、自分の犠牲の上で。」
「そんな……」
「だいたいそんなところか?」
382天衛が頷き頭を下げる。
涼風が光久さんの腕の中から手をかざすと、今度は涼風に深いお辞儀をしながら消えて行った。
「でも……!それでなんでこんなっ……!」
「自分は悠貴を手に入れられない、好きでも何でもない眷属神に嫁ぐ。それが全てお前のせいだと思っているのだろう」
「そんなっ!そんな事!」
「分かってる。歪みまくってるが桜子の気持は変えられないし天が認めてしまった」
382番が涼風によって帰らされた事で四つ守さん達が警戒を解いたのが分かった。
へなへなとその場に座り込んでしまう。
「月宗が2回勝てばいいだけだな。女の子にプレッシャーかけんのも可哀想だし」
夜臣さんがやれやれという感じで言い、皆がうなずく。
「せやんなぁ」
「お兄さん応援しちゃう!」
「あ、俺刀研ぎましょうか!?」
「あなた達は…………しかし月宗様、やるならば盛大な祭に致しましょう」
夜臣さんも四つ守さん達ものほほんとしてる。
月宗さまはいつも通り飄々としていてよく分からない。私ばかりが焦っている。
——花嫁の資格を失ったら、彼とお別れしなくちゃならない。涼風だって、花嫁につけられた守りだ。取り上げられてしまうかもしれない。
「お前らは外せ」
ぐるぐるとした不安が押し寄せ、震える体をぎゅうと押さえつけた。




