桜子の想い 2
「お心を、決めては頂けませんか」
「笹音……」
妖狐の里に来て一週間がたった。
笹音は仕事といって本邸に出かけていき、夕方には必ず私の元に戻る。
ここは快適で過ごしやすい。
離宮の城として連れて来られた所はお城というより神殿に近い。
笹音からは毎日プレゼントが贈られて、携帯が使えないぐらいの不便しかない。
きっと花嫁になったら使えないだろうなぁと思ってはいたし、本当に連絡を取りたい様な相手ももういないのだから必要もない。
「私では、不足でしょうか」
神殿内の笹音の執務室。
彼にしては早急な————いつもはもっと場所や雰囲気を重視する人なのに。
「いえ、急ぎすぎました。忘れてください。この様な場所で言うべきではなかった」
なんと答えて良いか逡巡し、目が泳ぐ。
三眷属の中から結婚相手に選ぶとしたら彼しかいないのかなと思う。
カラスの当主は最初から私に興味はない。
プレゼントも花嫁への礼を欠かないギリギリの物を贈ってくるイメージだし、そもそも境目屋敷でのお誘いも皆無だった。
恭は優しいけれど私の言葉や態度に辟易しているという表情をする時がある。
笹音だけは動じない。
私が何をしても。何を言っても。
笹音と視線を合わせられず俯いた拍子に、キッチリと整理された書類の束の中に見慣れた色を見つけ息を呑む。
「花柳院…………」
花柳院の封筒。使用済みの花を紙に混ぜて作る素朴な和紙の封筒。
吸い込まれる様にフラフラと近づき取り上げる。
笹音が警戒した雰囲気を出したのが分かった。
封が開いているので内容は知っているのだろう。
——私宛
——兄様の文字
カサっと小さな音を立てる便箋に書かれた、たった一行の文に目が釘付けになる。
——役に立たない駒はいらないよ?——
あぁ。分かってはいたけれど。
兄様にとって私は駒なのだ。
姉さんを手に入れるための。
姉さんを守るための。
学年全員で姉さんを無視する様にしむけたのは兄様だ。
私にそっと告げるだけでできる。
私は兄様に褒められたくて姉さんを孤立させた。
男からも女からも姉さんを取られたくないが為に。自分しかいないと思わせる為に。
「笹音…………兄様は、また八咫烏の里に?」
「禊を行なっていた情報はありますね」
「ふふふ、馬鹿な兄様」
兄様が姉さんに執着する理由なんて一つだ。
——手に入らなかったから。
人好きのする顔で、自在に心に入り込み誘導して掌握する。
兄様はそれをこともなげにする。
それができる能力も顔も揃っている。
けれど姉さんだけは何故か兄様になつかなかった。最初から。
なつかない姉さんを躍起になって構う姿は滑稽ですらあった。
それはだんだんと執着に変わり、今では姉さんの気持ちはどうでもよく、姉さんという器さえ手に入ればいい様な気がする。
出来の悪い子が良いのかと、わかりやすく姉さんの受ける大学の短大部を受験したけれど何も変わらなかった。当たり前だ、私はただの駒なのだから。
「可哀想な兄様。馬鹿な私」
皆が私を取り合うのは気持ちがいい。
けれど兄様よりも好きになれる男などいない。
笹音も恭も八咫烏の里だって私を必要としている。
私は選ばれる。選ばれてしまう。
姉さんが無能だから。
私が欲しいのは兄様だけなのに。
欲しくもない眷属が私を取り合い、出来の悪い姉さんに執着した兄様は私を見ない。
何故何も出来ない姉さんが兄様に優しくされて、私は放置されるの?
兄様が手に入らないなら、姉さんにも好きな男の元になんか行かせない。
無能が故に幸せになるなんて、私の犠牲の上の幸せではないか。
絶対に許さない。
八咫烏の元には行かせない。
馬鹿な兄様に最後のプレゼントをしよう。
少しでも私を思い出してもらえるように。
「笹音、奏上の儀式の準備をして」
「何をなさるのですか?」
「何も?現状を報告するだけ」
私と同じ、手に入らない地獄を思い知ればいい。




