カラスの里のデート 1
おじ様の薬のおかげか腫れは引き、痛みもほとんど無くなった。
アザだけはなかなか消えないので、謎の塗り薬とぐるぐる巻きの包帯だけは相変わらずだけれど。
「類くんは気配が分かるはずだからきっとこっちに来てくれるよ」
庭の茶室の中で、どこか類君を待っているふうな涼風に言う。
いつもより早く起きたので朝食前に散歩をしていたら、にじり口の修理された茶室を見かけた。
懐かしく思い、ここで涼風の久しぶりのごはんにすることにしたのだ。
「久しぶりだね。狛犬の里では、お茶も淹れてあげられなかったから」
キョトンとした涼風が首をかしげる。
涼風のご飯は無くても特に問題はない。けれど美味しそうに煙を吸い込む涼風に沢山の神饌をあげたい。
お点前の道具をゆっくりと出していくと、興味深そうに小さな頭が覗き込む。
涼風は丁寧に作られた物が好きなのだと思う。
職人が作る和菓子、丁寧に淹れられたお茶。
あの積み木を気に入っているのも宮大工さんの手作りだったから。
レレさんがにじり口から顔を出す。
「すぐに用意致しますね~~!!」
「涼風、ちょうどお茶室にいるし、今日はお抹茶にしようね」
私の手元の棗(抹茶を入れる小さな容器)にくんくんと鼻を鳴らすくまさんが可愛い。
獅子丸はにじり口外の沓脱石の側で丸くなっている。
この子はお利口で、日本家屋には慣れていないはずなのに入っていい場所とそうでない場所を弁えている。
それに、部屋に上がる時は魔法?なのか足を綺麗にしてから上がっているのも知っている。
涼風の方が庭に裸足のまま出てそのまま部屋に入るぐらいで、そんな時も泥だらけの涼風の首根っこを咥えてレレさんの所へ運ぶ。シゴデキお世話係なのだ。
————「ここにいたのか」
真っ黒な着流しに、藍色の羽織を肩から羽織った彼が顔を出した。
「ふふ、背が高いと大変だ」
お茶室の玄関であるにじり口はその名のとおり屈んで入らないとならない大きさなので、背の高い月宗様には酷かも。
「前の方が入りやすい……」
「あはは、もう壊さないでね?」
釜の湯を用意してレレさんが退出していく。
唐津焼の小皿に干菓子を乗せると涼風がテトテトと月宗様の元へと運ぶ。
「ふふ、覚えていてくれたの?お手伝いありがとう」
月宗様はいつも通りあぐらをかいてどっかと床の間の前に座っていて、涼風はそのお膝にすっぽりはいって満足そうにしている。
2人のために、丁寧にお点前を進める。
「少し冷めてもかまわない。涼風のをたててやってくれ」
涼風と一緒に飲んでくれようとしているのだと分かる。涼風は、キョトンとしているけれど。
「ん、涼風、とびきり美味しいお抹茶をたてるからね」
月宗様の膝の上でぴょこぴょこ揺れるくまさんに笑いかけてから、そっと息を整え静かに点前を始める。
湯を汲み、茶をすくい茶筅を振るう。
そのたびに、向こうに座る二人の姿が目に入った。
ここに来てくれたこと。
この時間を二人と一緒に過ごせること。
ありがとう、と思う気持ちを手の動きにのせる。
2つ出来上がった椀へ涼風がパチパチと手を叩き、喜びなのか賞賛なのかわからない拍手が送られた。
「いただくか」
パチンと小さなおててで柏手を打ち、涼風と月宗様の周りに柔らかい風が巻き起こる。
私のお手前からの白い煙をスルスルと吸い込む小さなお口が見え、その頭を月宗様が撫でる。
「美味いな」
「おいし」
「ふふ、これだけは、わりと厳しかったの。生徒さん達に出す用だったから」
涼風の可愛らしい澄んだ声。
満足したらしい涼風はよじよじと月宗様の肩車に登っていく。
「ここはお前の茶室にしていい。好きに使え」
涼風の自由にさせながらお点前を飲む彼を見る。
プレゼントの規模が大きいなぁ。
普通の彼氏は部屋をプレゼントなんてしないだろうに。
お話の中みたいでふわふわしてしまう。
私の王子様はお城に住んでる白馬に乗った人ではなく、凛とした、闇の似合う妖だ。
————「涼風様!こちらでしたか!!!」
類君が丸窓の外に止まり、慌てて窓を開けると涼風も嬉しそうに類君に駆け寄って来る。
「美味しいです!涼風様!!」
涼風が類君に神饌を押し付ける懐かしい光景に笑ってしまう。
「今日は外に出るか」
「いいの!?」
デートだ!嬉しい!
「涼風さま!今日は邸内で餅つきがあるのです!一緒に参りましょう!」
ポシェットの紐を掴みワクワクとした涼風が類くんを頭に乗せ、私達に大きく手を振る。
「ふふふ、良かったね、行ってらっしゃい」
はやる気持ちを隠しきれていない涼風が獅子丸タクシーに乗って去っていくのをみて苦笑する。
「あいつ天衛の自覚あんのか」
「あははは」
私が月宗さまと一緒にいる時だけあの子の警戒が0になる事なんて、この人は知らないのだろう。




