桜子の想い1 桜子SIDE
水牛のような生き物に引かれた牛車に乗って、妖狐の里にはいった。
笹音達が皆狐の御面を被り、赤提灯を下げた花嫁行列。
十二単を着せられた私の身体は重く、夜のパレードを見守る里の人々が見えない様に朱色のカーテンをひいた。
「笹音は、怒らないのね」
「何を怒るのですか?」
「ううん、なんでもないの」
くすりと笑った笹音が私にトロリとした甘いお酒を勧める。
笹音も口元だけ出た御面をかぶっているので、表情がわかりづらい。
「それ、取れる?」
「面ですか?しばしお待ちを。妖狐の里の正式な嫁渡りの作法なのです」
ふぅん、と呟きカーテンで隠された窓を見る。
バタンと後ろから音がして、大きな門が閉まった感覚があった。
「邸に着きましたよ。今日はここに部屋を用意いたしました」
笹音のエスコートで外に出ると、圧巻の規模の公家屋敷。光源氏でも出て来そうな雅な雰囲気に息を呑む。
「離宮として景色の良い場所に5つ程洋城もございます。お好きな場所で静養いたしましょう」
こんなにも里によって違うのか。
カラスの邸も大きくはあったが、それを優に上回る。
臣下達が頭を下げる中、着物の合わせを持って進む。
——着物は嫌いだ。大嫌いな父を思い起こさせるから。
才能はあっても人として欠陥のあった父は、新進気鋭の新人華道家であった母を娶り私が生まれた。
母は季節を無視した斬新な活花で注目された華道家だった。花をいけるのも、GパンにTシャツ姿。その姿がかっこいいといつも思っていた。
そんな母をお嫁に迎えたにも関わらず、伝統美を重んじる父は、母に着物を買い与え、無理やりつまらない作法通りの花しか活けさせなかった。
内緒で活けた母の作品が見つかり、侍女という監視まで付け、心を病んだ母は亡くなってしまった。
私は男の子みたいな格好で自由に花を活ける母が好きだった。
着物なんて、くそくらえだ。
————「桜子様?」
ぼんやりしていた様で、廊下途中で止まっていた私を笹音が覗き込む。
「笹音は、花を活ける?」
「花ですか?嗜みはありますが、型をなぞったに過ぎません」
邸には至る所に花が活けられている。どれもこれも教科書みたいな活花。
「何でもない、行きましょう」
◇◆◇
「お疲れでしょう、臣下への顔合わせは明日に致しますか?」
通された部屋はまるで平安時代のようで、花が咲き乱れる庭から淡い花弁が舞い込み、畳の上に静かに落ちていく。
カラスの里では感じなかった空間の清浄さ。
夜の静けさが、怖いほど。
「早く……終わらせたい。ここは嫌」
「承知致しました。では顔合わせ後すぐに離宮へ参りましょう。顔合わせと言っても全て御簾越しですのでご安心下さいね」
少しお休み下さいと言い置いて下がった笹音の出て行った方をぼんやり眺める。
何でもわがままを聞いてくれる美しい妖。
たとえそれが花嫁を娶るための嘘だとしても、大した問題ではない。
別に笹音の心が欲しいわけではないのだから。
「………………兄様……」
兄様に楯突いたのは初めてだ。
かけらも私を見てくれない、あの愛しい人。
花柳院に養子に来た時は、かっこいい人だな、ぐらいにしか思わなかった。
こんな人がお兄様で嬉しいなと素直に思っただけだった。
そんな兄に遊んでもらおうと兄様の部屋に飛び込んだ私は、あまりの光景に息を呑んだ。
部屋中にいけられた色とりどりの花。
ベッドの上、椅子の上、ペン立てにまで。
宝石箱をひっくり返した様な鮮やかさに驚き固まる私を認め、シイっと人差し指を口に当てにっこり笑った。
「こんなの、父様に見られたら勘当ものだからね、内緒ね?桜子ちゃん」
いつもキッチリ着ている紺の詰め襟学生服は床に無造作に打ち捨てられ、シャツを腕まくりしてまた花をいける。
——母様みたいに自由に。
花のシャワーを形作る。
花を踏まないように部屋の端でずっとその様子を眺めた。
怒りをぶつけるみたいに、イライラを花にぶつけて宝石にしていく兄様は、お顔だけはうっすらと笑っている。
楽しんで、花に全ての怒りをぶつけているのだと分かった。
——幼い私には、鬱々とした毎日の突破口の様に思えたのだ。
父様を遠ざけてからの兄様の手腕は目を見張るものがあった。
即座に花柳院を立て直し、自らの人気も使って新しい華道を確立して行った。
「やっと母様が報われると思ったのよ……」
天衛の侍女がコーヒーを運んできた。
公家屋敷の様なこの場所で、コーヒーを選んで持ってきたことに、彼女の気遣いの高さがにじんでいた。
「兄様と、新しい花柳院を作りたかった。今となっては儚い願いだったけれど。」
「………………」
この侍女は気は利くが何も喋らない。
私も一方的に話を聞かせるだけ。私にはとても都合が良い。気持ちを吐き出せる相手など、他には誰もいないのだから。
「兄様……………………」
涙ばかりが溢れていく。




