理由
私の頭を一つ撫で、じっと顔色を窺った月宗様がまた話す。
「それから…………夜臣は四つ守ではない」
何だろう、それは知ってるのに。
夜臣さんは雲雀君の前に出されたカップをとってゆったりとお茶を飲み始めている。
「雲雀達四つ守は俺の手足となって動く。100%俺の意思だけを守る為に行動する。だが夜臣は四つ守ではない」
「そうだねぇ。月宗の側近の部下ではあるけども」
「??」
キョトンとした私を抱き上げて膝に座らせ頭を撫でる。
「夜臣の肩書きは三柱筆頭だな。俺を支え、時に諌める立場にある」
違いはあるのだろうか。
どっちも最側近なはず。
「例えば……お前の怪我でキレた俺が馬鹿犬の里を滅ぼせと命じたとして…………四つ守は俺の命令を順守し、夜臣はやめろ馬鹿と言うだろうな」
「先に言っとく。わりとやる気だっただろ、やめろ馬鹿」
振り返って雲雀君を見るとにっこり笑って答える。
「ご下命とあらば、いかようにも」
「はぁ、二人ともいい、本音を言ってみろ」
「楽しそうだな」
「数が多いねん、負け戦になりそうやわ。ご宗主の一騎打ちなら勝ち目あるんちゃいます?」
「それも楽しそうだな」
夜臣さんがにこにこしながら答える。
「結衣、今これをお前に話しているのは俺や夜臣の言い訳ではない。これから俺はお前をとりに行く。四つ守と夜臣の行動の違いを知っておいてほしい」
「その気になったのか?結衣ちゃんに自由を与えるのがお前の唯一の希望だっただろうが」
「結衣は俺の全てだ。もう誰にも渡さん。馬鹿犬とへっぽこ狐に渡して結衣が怪我するなら両方とも殺す」
「犬のご宗主なら僕にやらしてほしいわ。相性いいねん。あのお方素直やから」
「それなら俺とも相性いいだろうな。雲雀と組めばいけるか……」
「夜臣、もうやめろ」
「オーケー。結衣ちゃん、俺は里の為に最善のカードを月宗に奏上する義務があるからね。馬鹿犬とへっぽこ狐を殺しに行かせる事はないよ。刺し違えても止めるだろうね。臣下である事は変わらないから月宗の為に動くけれど、月宗の暴走を止めるストッパーでもあらなければならない。これからも」
「結衣、俺がお前をとりに行くという事は、カラスの事情にお前を巻き込むことになる。うちは眷属としてもうギリギリだ」
「お姫さん、茨の道やで?」
どういうことだろう。
みんな何を言っている?
少なからず愛し子の私が嫁げば、少しはマシになるんじゃないの?
「いい。俺が話す。お前は少しかすみに付き合ってやれ」
「…………………承知」
「不服そうなのも腹立つね?」
「…………………………………………」
うっとり雲雀くんを眺めるかすみさんをご本人に託して、月宗様は私を抱いて外に出た。
「痛むだろ。手は回さなくていい。落とさないから」
「うん、ありがとう」
横抱きに抱かれ、月宗様の胸に体を預ける。歩く振動すら感じない、壊れ物を扱うみたいに優しく抱かれている。
眷属神といっても人型なので、力持ち、ぐらいにしか思っていなかった。
けれど恭の力は恐怖するほどのもので、それはきっと月宗様も同じだ。
恭はゆっくり私を知りたいと言ってくれていたけれど、花嫁だから大切にされていただけなのは感じていた。
始まりはそれでも仕方ないのかもしれない。月宗様が違っただけで。
珍しい瓦屋根の和風ガゼボのソファーに腰掛け、私を羽根で覆う。
「結衣に会えて嬉しかった。俺はお前を愛している」
「うん、私も月宗様が好き」
好き、を通り越して愛してると形容されることが面映い。
「俺はお前をとりに行くけど、八咫烏に嫁ぐということは俺らの事情に否が応でも巻き込まれるという事だ」
「うん」
類君みたいな卵生の子の問題だよね。
「無いとは思うが桜子がまたここに来ても、俺はお前を取りに行く。それの意味する事がわかるか?桜子との力の差に文句を言うやつも出てくるだろう」
「うん…………それは……分かってる」
羽根の中にすっぽり入っているのに、腕もクロスさせる様にしてわたしを抱きしめる。
「俺の代で類の様な者は生まれていないと前に話したな?」
「あ、うん」
「お前が俺に嫁いで、その後に万が一卵生の者があれば、不満が結衣に向く可能性もある。花嫁を迎えてどのくらいの力が得られるかもわからん」
「あ…………」
「桜子が一度うちに来てしまったからな。民は期待するし、腹立たしいが比較もする」
「うん……」
そうか、それで茨の道……
「学府を、卒業させてやりたいと思ったんだ」
「??」
急に話が変わった事に驚いて顔を上げると、困った様に笑う彼がいる。
「結衣がそうしたいと、願っただろ。うちにいれば、叶えてやれると思った」
私をぎゅうと抱きしめて搾り出す様に話す様子に戸惑う。
大学は、卒業したい。
けれどそれは私を求めなかった理由になるのだろうか。
「結衣、涼風は婚姻が結ばれれば天に帰る」
————「え?」
月宗様は何を言っているの?涼風はずっと私のそばにいるのではないの?
「……っ、涼風をお前から離したりさせたくなかった。時間を稼いで、その間にあいつがここに留まる方法を探すつもりでいた」
「え?え?涼風はずっと私と……!」
「なんとかできないかずっと方法を探している」
「い、いやっ……!!!涼風っ……」
動揺して頭がガンガンする。涙がボロボロ出てきて止まらない。
「俺がお前に類を付けたのは…………涼風が天に帰ってもお前が一人にならないようにするためだ。あまり意味は無いかもしれんが、慰めにはなるかと思った」
「っ………………!!」
「結衣、しっかりしろ。息を吐け」
泣きながら過呼吸を起こした私の背を撫でる手が優しく上下する。
「大丈夫だ。俺が必ずなんとかする。ずっと言えなくて、悪かった。」
月宗様が私を八咫烏の里に置きたかった理由。
なのに無理に花嫁にしようとしなかった理由。
全て私の為だった。
私と、涼風の為。




