カラスの当主の婚約者
「何があったか聞いてもいいか。言いたくなければ、いい」
大きなソファーに私を座らせ、目を覗き込んで言う。
「何にもないよ。何にもないからこうなったの。恭は悪くない」
狛犬の里で起こったことをポツリポツリと話す。
——恭の人気はすごかった事、
——嫁取りがなされなかった時の為、スペアの婚約者候補が沢山いた事。
——皆、恭を諦めるために最後の望みをかけた事
——誰も、悪くない事。
「その…………私が……」
「?なんだ」
——あなたの事が忘れられなくて
——好きをやめられなくて
とはみんなの前でとても言えなくて目が泳ぐ。
「結衣?」
「………………月宗様も、いるの?婚約者……」
話を逸らそうとして爆弾を落としてしまったことに気がついたけれど、後の祭りで。
「おぅ?いるな」
ひゅっと声にならない声が出て、震えが走る。
「会わせてやる」
嫌だ、と言う間もなく抱き上げられて歩き出してしまう。
「雲雀、ついてこい」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………承知。」
庭伝いにどんどん歩く。
淡雪さんのお家に向かっているんだと気がついて混乱してしまう。
淡雪さんが婚約者?
それとも淡雪さんの若いメイドさん?
「会いたくないよ……」
雲雀君に聞こえない様に小さく耳元で言ってみる。私のお願いを断らない彼ならば、止まってくれるかも。
「は!会えば分かる」
やたらご機嫌だけれど珍しくお願いを聞いてくれない。
淡い珊瑚色の可愛らしいお家が見えてきてしまう。脚の長い彼が歩くと着くのも早い。
月宗様が私を抱いたままノックをしようとした所でガチャっと中からドアが開き、綺麗な女の子が顔を出した。
「あれ!?月宗!?」
とても綺麗な人だ。
長い黒髪をかぐや姫みたいに切り揃え、お人形さんのよう。
「まぁ姫様!お会いしとうございました!類の姉、かすみでございます。類がいつもお世話になっております!」
「あ、はい。結衣と、申します……」
なんと性格まで良さそう。
水色の瞳がキラキラしていて、お姫様はあなただよと言いたいぐらい。
「キャーーーーっっ!!!雲雀様!!!」
私達の後ろに控える雲雀君を見るや否や目がどんどんハートになっていく。
「雲雀様がいらっしゃるなんて天にも登る心地です!!今お茶を淹れますわ!?姫様もいらしてくださいましたの!四つ守のお話を聞かせて下さいまし!♡♡♡」
「これ俺の婚約者」
「ちょっと月宗!雲雀様の前で何という事を!!雲雀様?かすみはそんなつもりはありません!あくまでもうるさい三柱老人衆を欺く為の仮の!仮の婚約者ですの!!!」
「……………………………………」
ひ、雲雀君、かっこいい顔が……チベットスナギツネみたいになってる…………。
「姫様も誤解なき様!私はこんなでっかいだけの唐変木にカケラも!ほんの一欠片も興味はございませんの!!婚約がやっと無くなるかと思いましたのに、みすみす姫様を逃すだなんてこの阿呆鳥!」
「もう一度言うがこれ俺の婚約者」
「仮だってちゃんと付けなさいよアホウドリ!」
「………………雲雀、あとは任せる」
「………………………………………………」
お、おう、雲雀君の顔が無になってる。
————「月宗か。茶ぐらい淹れるぞ?母上は散歩に出てるから、気を使わなくていい」
夜臣さんもひょこっと顔を出す。
「ああ」
私を抱いたままドアをくぐり、勝手知ったるというふうにズカズカと入っていく。
「右柱の小僧。かすみに下手な真似してみろ、無事本邸に帰れると思うなよ」
「………………………………承知」
夜臣さんらしからぬ低いドスの利いた声で脅されたチベットスナギツネ君は、完全に無の境地な顔で私達の斜め後ろに控えた。
「何なの…………」
「かすみは雲雀の前で頭悪くなんだよ」
奥のキッチンで多分雲雀君のためにお茶を淹れているかすみさんを見やりながら月宗様が言う。
「可愛いだろ?」
夜臣さんもにこにことキッチンの方を見る。
「普段はわりとましだ」
「可愛いだろ」
「あと俺宗主なんだが…………」
「可愛いから許せ」
「度を超えたシスコンは見境がなさすぎる……」
「心配すんな、ブラコンでもある。類超可愛い」
「ふふふ!あはははははは!」
目がハートのままのかすみさんは、トレイから全ての紅茶を雲雀君近くのテーブルに置いていく。
「な?馬鹿になるだろ」
「可愛いだろ?」
駄目だこれ無限ループ…………
「当主3人にはもしものための仮婚約者がそれぞれいる。狛犬のとこはアホほど多いが俺は面倒がないからコイツ」
雲雀君の前にお菓子を積み上げていくかすみさんは、もう月宗様の言葉なんて耳に入らない様子で雲雀君を穴の開くほど見ている。
「嫁取りは政治的な面が大きいからな。狛犬の女達の斬首が決定される前に、結衣の名前でさっき赦免状を出させたよ」
「良かった………………」
ずっと気になっていた。
彼女らが恭を思うだけで斬首なんて酷すぎる。
月宗様は私の気持ちをきっと汲んでくれた。私が傷つかない様に、罪悪感を持たない様に。




