スマホ
次の日、目を覚ましたときにはもう日は高く昇っていた。庭から入る柔らかな風が、天蓋の布をやさしく揺らしている。
「痛っ…………」
起きあがろうと手をついただけで激痛が走った。
ぐるぐると両腕に巻かれた包帯から薬品の匂いがする。結局骨にヒビが入っていたそうで、月宗様が怒って大変だった。
「涼風が、いない……」
いつも一緒にいたあの子がいない。
不安になって部屋を見渡していると、レレさんが続き部屋から顔を出した。
「お嬢様!涼風は若の部屋に遊びに行きました!お着替えを致しましょう!」
「レレさん…………」
「お嬢様にまたお仕えできて嬉しいです!!」
「…………ごめんなさい、私…………」
「全部若が悪いです!!!私からお嬢様と涼風を奪った罪は重いです!!」
レレさんが薄銀の着物を持ってくる。
着物を着るのも久しぶり。
冬桜のシルクジャガードの着物とピンクの帯が可愛い。
何でもない風にリボンボックスを出してくれて、気を使わせない様にしてくれているのが分かる。
「あのね、涼風が私から離れて遊ぶのは、久しぶりなの」
「??」
キョトンと首をかしげたレレさんに笑って見せようとしたけれど、うまくいかない。
「狛犬の里では、私のそばを離れなくて……」
一度も私のそばを離れなかった。
類君や獅子丸の姿がなくても、探しに行く事すらなかった。常にべったり私の近くにいた。
そんな事に今更気がつく。
「ポシェット持って、張り切って出かけましたよ?」
そうか。
嬉しいな。
「ご気分が良ければお嬢様も行きましょう!」
「うん。リボンを、してくれる?」
「はいっ!!!!!!」
腕が痛いので、合わせを持たなくて良い様に今日は裾を引きずる着物ではない。
淡い朱色が綺麗な道行衿の羽織コートを着せてくれたので、あたたかい。
懐かしい廊下を通って月宗様の部屋へ。
キャアキャアと楽しそうな声が庭の方から聞こえてくる。
「おいふざけんな。反則だろ!」
「涼風様今です!兜の形態を変えるんです!!」
月宗様と、類君の声。
「あ、僕の逃げました」
「わん!」
ヨダカくんもいる。
「雪兜相撲ですね!」
切り株の上で体が氷のクワガタ同士を戦わせて遊んでるのを見てレレさんが説明してくれる。
私を認めたくまさんが走って腕の中に飛び込んで来ようとして目の前で止まり、しょんぼり肩を落としてトボトボと庭の方に帰っていく姿を見て笑ってしまう。
「涼風、お膝なら、大丈夫だから」
みんなの遊ぶお庭前の縁側に通されて座ると、膝に涼風がよじよじと登って来た。
「痛むか?」
「ちょっとだけ」
何となく恥ずかしくって俯く。
久しぶりに見たくまさん涼風を抱きしめたかったけれど、あまりの激痛に頭を撫でるだけになってしまう。
「しばらくは動かすな。俺が代わりに全部やるから」
涼風を肩に担ぎ、私を抱き上げ彼が言う。
暖かい部屋の中。
私と涼風を膝に抱き、ゆっくりとスプーンを私の口へ運ぶ。
あまり食欲はなかったけれど、玉子粥を上機嫌で私の口へ運ぶ彼の様子につられて、何とか胃に収める。
ふと視線を感じ入り口の襖を見やると、唖然とした顔の四つ守さん達がこちらを見て固まっていた。
「ご宗主が給餌してる~溺愛だね~お兄さんもあんまりやった事ないのに!」
「今までも、わりとやってはったんとちゃいます? 屏風の向こうで」
「ってゆーか写真!!俺のスマホどこいった!!」
「小四郎、殺されますよ」
何なのか。
月宗様を見るけどまるで気にしてない。
機嫌良さそうにまた私の口にスプーンを運ぶ。
「くそ!俺のスマホ!」
小四郎君が謎に写真に収めようとスマホを探す。
ゴソゴソと空間に手を突っ込んだ涼風がスマホを取り出して小四郎君に見せた。
「涼風!それ俺のじゃねぇよ!元あったところに返してこい!!」
「あ…………」
私のスマホ。
あの時、花柳院に送ってもらったままになっていた。
「っしゃ!あった!!」
カシャっと音がして小四郎君が私達を撮った。
あの位置からだと月宗様の背中しか映らないけどいいんだろうか……。
小四郎君の元に飛んで行った涼風が興味深そうにスマホを覗く。
「よし涼風!正面から撮ってこい!おまえなら怒られない!!」
戻った涼風が私のスマホで写真を撮ろうとするけれど、電源の落ちた真っ暗なスマホに首をかしげる姿が可愛い。
「これで撮れるよ。ここを押すだけ」
電源をつけてあげると画面越しの世界を面白そうに覗いて回り、座布団につまずいてコテンと転んだ。
「涼風様!画面ばかり見て歩くと危のうございます!撮りたいものが見つかったら座りなさいまし!」
類君が人化して涼風を抱き起こす。
「お前は、もっと食え」
低い声が耳を掠めて心地いい。
ガヤガヤとした楽しそうな声もここなら居心地のいいBGMのよう。
涼風の出すシャッターの音。
月宗様の羽根の暖かさ、
四つ守さん達の話す声、
涼風を呼ぶ獅子丸の鳴き声と打ち付ける尻尾の音。
彼の作る世界の端にいられる事がこんなにも私を満たす。
目を閉じた拍子に涙が伝い、長い指が優しく拭ってゆく。




